「…………」
「……………」
「…あの、影山くん」


放課後、夕焼けに染まる空、隣には影山くん。なにやらデジャヴ感漂うこの状況、ただひとつ違うのは私と影山くんの間に流れているこの謎の空気である。
部活を終えた影山くんと待ち合わせて二人で歩き出してからずっと、もうびっくりするくらいの長さの沈黙が続いていたのだ。
私の声に、影山くんはすこしびくっと肩を揺らした。


「…えーと」
「うん…?」
「なんつーか、その。じゃあ…」


ちょっと聞かせて欲しいことがある。何かしらの迷いを吹っ切るようにそう言った影山くんの顔は、真剣そのものだった。



あのとき。腕を掴まれ、驚いて固まってしまった私を見て、影山くんはちょっと慌てたようにぱっと手を離した。そして今日の放課後、暇ならバレー部の部活が終わる頃に教室にいて欲しいと言われた。迎えにいくからと。
つまりは一緒に帰ろうということだ。そう変換し終えた瞬間なんだかいろいろおかしくなった。頬っぺたは熱くなるし心臓ばくばくだし…自分でもびっくりするくらいそのお誘いが嬉しかった、のだと思う。なんで、なんて聞く余裕などなく、ただこくこくと頷いて私は教室を飛び出した。ここ数日悩んでいたことなんて、一切頭に浮かんでこなかったーーー影山くんの一言だけでそんなの全部吹っ飛んで、嬉しいとしか思わないなんてなんだか情けない。単純なんだなぁ、自分。

とにかくそれで私はいま影山くんと一緒に歩いていて、きっとこれから本題に入るのだと思う。本題、つまり私をわざわざ帰りに誘った理由。
影山くんは、ふう、と息を吐いた。


「もし、的外れなこと言ってたら気にしないでいい」
「う、うん?」
「あーその、俺は原さんに、ここ数日でなんかあったんじゃないかって思ってて」
「!」
「まぁ、その内容まで聞く気はねーけど…
……その反応は、あったってことでいいよな」
「………」
「で、よくわかんねぇがそれが原因で原さんは最近ちょっとおかしい」
「えっ」


ビシリと断言。…いや間違ってはいないのだけれど、ここまでストレートに言うのか。あーなんていうか、影山くんだなぁ、なんてちょっとずれたことを思って笑うと、影山くんは目を見開いて私を見た。


「いま普通に笑ったな」
「え?」
「いや…何でも。とにかくその……………だから、」
「うん」
「俺は、いまみたいに話せてる状態が、一番いいっていうか」
「うん…???」
「あーいやなんかちがう…いやちがわねぇけど…んん」


あーとかうーとか言ってしばらく悩んでいたけれど、最後には「うまく言いたいことがまとまらない」と言ってしかめ面をしてみせる。しばらくその表情のまま影山くんは歩いていた。そして突然、なにか思いついたらしくこちらを見る。


「えーっと、つまり俺が言いたいのは、勝手に距離あけんな、ってことだ!」
「!!!」
「何があったのかなんて知らねぇ、だけどそのせいで原さんと今まで通りじゃなくなる意味がわからない」


しかも俺限定で様子がおかしいのはなんでだよ、と影山くんは若干拗ねたようにつけ加えた。

…どうしたらいいのかわからないまま数日が過ぎて。影山くんとは席が離れて話さなくなって。ずっと、どうにかしたいと思ってたけど、どうしたらいいのか全然わからなくて、逃げるように影山くんと距離をとって。
そんなふうにしてうっすら出来つつあった壁のようなものが、ゆっくりと取り払われていくのを感じる。川衛さんが現れてからというもの、影山くんとの間に勝手に私がつくってしまっていたそれ。
その壁を、影山くんは嫌がって、私をわざわざ帰りに誘ってまでなくそうとしてくれた。それだけでもうよかった。いまだけなのかもしれないけれど、悩んでいたことなんてどうでもよくなる。


「うん、ごめんね」
「…、おう」


影山くんはちょっと戸惑ったように、でもしっかり頷いてくれた。…すき、だなあ。なんてふと思ってしまって、自分でも驚く。


「嬉しい、よ、なんか」
「…!」
「ありがとね。影山くん」
「………………」


やっと普通に、影山くんに笑いかけられる気がして思わずそう言うと、影山くんは立ち止まった。
もう分かれ道に来てしまったから、またあしたねって影山くんとは別れなきゃいけない。
影山くんのほうを見上げると、びっくりするくらい真剣な表情が私を見下ろしていた。


「ーーー原さん。俺、」


ばっちり合った影山くんの眼差しに、私はまっすぐに射抜かれた。何も言えなくなって、影山くんの顔を見ていることしかできなくて、体は完全に動かなくなる。
じっとわたしを見つめる瞳が、揺れる。


「原さん、が、………ん」


ふいに流れ出した影山くんのケータイの着信音が、影山くんの言おうとした言葉を遮った。どうやら電話だったようで、あー、と困ったような顔でケータイを取り出し、「なんだよ」と電話の相手に返事をした。しばらく影山くんは離れたところで話をしていたけれど、じっとその場にいる私に慌てた様子で、身振り手振りで、帰っていていいと伝えて来た。
わたしはぼうっとした頭のまま、頷いて、影山くんに手を振り、改めて帰路につく。

ーーーうまく頭が働かない。

さっき。影山くんは、なんて、言おうとしたのだろう。
電話の相手は川衛さんかな、と少し思ったりしたけれど、正直そんなことは今の私にはもうどうでもよかった。いや、もうそこまで考えている余裕がなかった。

…影山くんの言おうとしたこと。
どんどん膨らんでいく期待にどうしようもなく心臓が高鳴って、私は早足で家へと急いだ。


放課後ランナウェイ



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title:kara no kiss
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