「?」


朝、学校へ着くと、原さんが珍しくぼーっとしたまま座っていた。考え事だろうか。
いつもならすぐに俺に挨拶してきて、そこからなにかしら話でもするはずなのに、とそう不思議に思って、じーっと視線を送ってみるも反応なし。カバンを机に置いて、しばらくどうするか悩んだ結果、とりあえず声をかけてみることにした。


「どーかしたのか」
「…………」
「原さん?」


するとゆっくりと意識が戻ってきたみたいな感じで、原さんはやっと、おはよう影山くん、と言った。いつもの笑顔よりも遥かに元気がなくて、明らかに不自然な笑い方をしている。
ぐらぐら不安定そうな瞳で、俺を見る原さんは確実にいつもとはちがっていた。

何か、あったのか。
そう聞きたかったのに、原さんのいままでにない雰囲気になぜか何も言えず、はよ、と答えて黙って席についた。そしてすぐに担任が教室へ入ってきた。

ーーーあんな風におはようを言われるくらいなら、何があったのか俺に話して欲しかった。





結局その日一日、ずっとそんな感じだった。基本的に原さんはぼんやりしていて、時折何か言いたげな視線が送られて来るが俺がそれに対して何か言おうとすると、すぐに目を逸らされた。一日、目が合うこともなかった。

まだ、原さんと話すようになってから一ヶ月近く。こんなことははじめてで、何が原因なのかもわからない。昨日までは何も考えず普通に話せていたし、何より俺と原さんの間には独特な空気が流れていた気がしていた。つまりはまあ、原さんの友人の中でも俺は、特別なつもりだったのだ。なんというか、少しくらいは近いところにいられている気がしていた。
でもこの状況である。
つらいことがあったとか、かなしいことがあったとか、原さんはそんなこと一言も言わない。どれだけ俺が心配したってそれは変わらない、そしてそれは俺に話してもどうにもならないことなんだろう、ということだけはわかる。…だけど俺には言って欲しかった、なんて、おこがましいかもしれないが思うのだ。あんなに俺と話してるとき楽しそうに笑ってたのに。なんで突然、俺と距離を置く?
特別な理由でもあるのか、と思ったけれど、そんなもの俺にはわからなかった。








「飛雄ー」


部活が終わってからのこと。
最近よく聞く声だな、なんて思いながら振り向くと、こちらへ駆けてくる川衛がいた。わらわらと集う部員たちのかたまりを抜けていくと、にこにこしながらこちらへ歩いて来て、はい、と紙袋をわたされる。中身はただの漫画なのだけれど、律儀なことにこいつは、俺が読み終えるとすぐに次の数巻分を渡してくれる。こないだ高校入って以来久々に廊下で出くわしてから、続いているやりとり。
中学のころ三年間全部同じクラスだった、そして高校もクラスは違うが同じ。そんな間柄の川衛は、たいして気を遣わずに話のできる数少ない女友達だ。


「え、お前もしかして部活のあとずっと待ってたのか?漫画のために?」
「えっだって飛雄次はやく読みたいっていってたじゃん」
「言ったか俺」
「言った!」
「忘れた…、あーでもま、読みたかった」
「じゃあいいじゃん」


けらけら笑われて腹が立ったが別に嫌なものではない。川衛はこれでもつきあい長い友人だ。




だけど。
同じように俺に向けられる笑顔でも。
いま見たいのは、この笑顔じゃなかった。
砂時計は緩やかに変化する



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title:kara no kiss
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