そして世界は廻りだす


「それでさーマッキーがさー…」
「おー」
「ていうかあのときね、〜〜が〜〜…」
「へえ」

部活を終えた後の心地良い疲労感を感じながら、そして隣を歩く及川の声を半分流し聞きしながら、電車に乗りこむ。あまりにも適当な返事だったからか及川が何かぶーぶー言ってきて、うっせえと言い返す。及川はさらにうるさくなる。
混んだ電車には同じ学校の制服、そして見知った顔も多く見られた。当然のように席は空いていなかったから、俺は電車に揺られながら、及川とともに立ったままだらだらと会話を交わしていた。




混雑していた電車が、徐々にすいてきた。
隣の車両のすみに鈴原が乗っているのに先に気がついたのは、俺の方だった。

「岩ちゃん?なんでそんなぼんやりしてんの」
「ぼんやりはしてねーよ」
「でもなんか心ここにあらずな感じ…ん?」

俺の視線をたどって、及川がついに鈴原を見つけたのがわかった。
鈴原はドアに背中を預けていて、かっくん、かっくんと頭が揺れているのが遠目にもわかる。あれはどう見ても眠る寸前だ。

「…なんかすごくない?あのまま眠っちゃいそうだよ、座ってないのに」
「立ったまま寝る奴久々に見た」
「なんか見るからにお疲れモードじゃん、鈴原さんどうしたの?」
「知らねぇよ」
「まーた岩ちゃんも相変わらず…
って、わ、危ない」
「!…っぶねぇな、」

ふいに、ぐらりと鈴原の体が電車にあわせて大きく揺れた。思わぬことにひやりとさせられる。…起こしに行ってやろうか、という考えがふと浮かぶ。

「岩ちゃん出番だ」
「あ?」
「急がないとさ、あれほんとに倒れちゃうからさ。岩ちゃん、起こしてあげるだけでもいいから行って来なよ」
「……言われなくてもそのつもりだボゲ」
「あはは、はいはい〜」
「むかつく顔してんじゃねえよ!」

全く同じことを考えていたことということに、なんとなく腹が立つ。見透かしたような及川の笑顔はやけに楽しそうだった。


▽△


呟くようにしか喋らなくて、声が寝ていて、目が開いていなくて、見るからに元気がない。こんな鈴原は久々に見た。聞けば友人の部活の手伝いに駆り出されて、最近急に忙しくなったのだそうだ。それくらいでそんなに眠くなるのかとは思ったが、もともとゆるく毎日を過ごしている鈴原からすると、もしかしたらここ数日は地獄のようなものだったのかもしれない。
俺はいま、さっきよりちょっとマシにはなったもののまだふらふらし続ける鈴原と向かい合うようにして立っている。鈴原ははじめは唐突な俺の登場に驚いていたものの、それでも眠気には勝てなかったらしい。その瞼は今再び閉じられつつあった。

「ふわぁ…ごめんね岩泉、付き合わせるみたいになっちゃって…」

欠伸混じりのその声は、やはりひどく眠そうだ。

「だってここで向こうに戻ったらお前絶対寝るだろ」
「うん。そして多分寝過ごすよね…」
「わかってんならちゃんと起きろよ」
「それはむり…もうこれ勝てない…」

ガタンゴトン、と電車が揺れる。俯いている鈴原はやけに小さく見えた。ちらりと向こうを見れば及川は誰か知らないが青城生と思われる女子とにこにこ話をしているところだった。…まだ、戻らなくても大丈夫そうだな。

「………、っうわ!?」

不意にそんな鈴原の声が耳に入って、向こうを向いていた視線をこちらに戻そうとしたあたりで、ふわ、と淡くて甘いシャンプーの香りが漂ってきた。と思った次の瞬間、鈴原が俺のほうに勢いよく倒れこんで来る。

「?!!!」
「っ、い、岩泉ごめ…!」

俺まで一緒になって倒れてしまいそうになって、片手で掴んでいたつり革に力を込めなんとか体勢を保った。もう一方の手で咄嗟に鈴原の体を支える。すっかり目が覚めてしまったらしい鈴原はしばらくもたつくとぱっとその身を引いて、ドアに軽く背中をぶつけて「いっ…!」と声をもらした。
…とりあえず俺がここにいてよかったとほっとしたものの、鈴原のカオを見て、俺は思わず言葉を失った。

「っご、ごめん。ありがと…」
「っいや、べつに…いーけど」

鈴原はその頬を、いや耳まで真っ赤にして、俺がこれまでに見たこともないような表情をしていた。2年間くらいそれなりに親しくしてきたつもりだったが、こんな鈴原を初めて見た。つられてなのか何なのか、ひどく自分の頬が熱くなりだした気がするのは、気のせいだろうか。

「………」
「………」

ゆっくりと、先ほどの感覚が蘇ってくる。
…思っていたよりずっと、鈴原の体は細かった。そして部活の練習中に男子同士体がぶつかることもあるけど、さっきのはそういう荒々しい感じじゃなかった。全然ごつごつしたところがなくて、柔らかくて。

どくん、どくん、とやけに大きく心臓の音が響く。微妙に開いた距離と不自然な沈黙。
鈴原からぱっと視線を逸らす。どうにも落ち着かない、やけにふわふわとした妙な気分は、その後もしばらく鎮まることはなかった。

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