夢見るハニーレモン


購買に並んでいたら、列のだいぶ前に岩泉の頭があるのに気がついた。どうりで、教室にいないと思った。ちょっとだけ気だるそうにして立っている。よく見ればその隣には花巻君が立っていて、二人の姿はすこし目立っていた。

…にしても、長い。
ちょっと遅れたくらいで、こんなに列が出来てしまうものなのだろうか。今日はパンを食べて、とお母さんに言われて珍しくここへ買いに来たけれど、この競争のことをすっかり忘れていた。私が戻るのを待ってくれているであろう友人たちの姿が頭に浮かぶ。…どうしよう。先に食べてて、って言ってくれば良かったかな。
そのとき、くるりと岩泉がこちらを向いた。
ばち、と目が合う。

「…??」

視線はすぐに逸らされはしなかった(正直言ってそれがまず嬉しかった)。そしてしばらく岩泉は私のことを見つめた後、ずらりと間に続く列を見てから、なにやらこちらに向かってぱくぱくと口を動かした。

「? ???…あに?」

花巻君が岩泉の視線に気づき、こちらを向く。何か笑いながら岩泉に言ったけれど、それに構わず岩泉はぱくぱくし続ける。

「な、に、が?…いい?」

なにがいい、と岩泉はそう言っている。たぶん。なにがいい、ってどういうことだろう…買うもの?じゃあパンの種類?
とりあえず私がやっと、言っていることを理解したとわかったのか、岩泉はその口を動かすのをやめた。
岩泉がさっき、長い列を見回していたのを思い出す。そして気づいた。
これはもしや、私のパンを買っておいてくれるとかではないだろうか?

コロッケパン!
は?
コ、ロッ、ケ、パ、ン!
もっかい、
コロッケパン!

花巻君も私を見つめているのに気づいて若干恥ずかしくなったけれど、こうなったらやるしかない。待ってくれている友達のことを思って、そしてせっかくの岩泉の親切心(たぶん)を思って、私はそう決意した。
列がじわじわ進む。懸命に口パク+身振り手振りを繰り返す。岩泉たちのあたりに割り込ませてもらうことも考えたけれど、それはそれでなんとなく気が引けたので私は結局その場にいた。
やがて岩泉は、こくりと頷いてみせた。二人が前を向き直る。
そして、私たちのやりとりが少々周囲の注目を集めていたことに気がついて、今更私は自分のしていたことが恥ずかしくなった。


▽△


「なんで一人で食べてるの」
「それはお前もだろうが」
「友達に思いやられた結果だから」
「意味不明だな」

現在私は自分の席で一人、パンを頬張っている。ひとつはさんで向こうの席の岩泉も一人。

「いっつも一緒の及川はどうしたの」
「いっつもじゃねーよ。あいつ今日は彼女と食べるって」
「え?毎日ここに食べに来てるのに。ていうかさっきまでいたよね」
「突然約束思い出したらしいぞ」
「へええ」

岩ちゃん〜と言いながらいつも、及川はここへやってくる。たまに花巻君や松川を連れてきたりして。
花巻君は最近知り合ったも同然だけど、ほか三人はみな同じクラスになったことがある。

「つーか、友達に思いやられて一人ってなんだ。寂しすぎだろ」

ふいに、笑い混じりにそう言われた。
岩泉は二個目のパンに手を伸ばしている。食べんのはやい。

「べつに寂しくないし。みんないろいろ考えてくれてるんですー」
「ほー」
「なんか信じてないよね」
「全く、な」

岩泉は知らないのだ、私がこうして一人になったことの理由は自分にあることなんて。
戻ってきた私が岩泉と一緒に歩いているのを見て、そして及川が岩泉から離れていったのを見て、私の気持ちを知っている友人たちはみな、一緒に食べてきなよと言ってくれた。今のこれが一緒にお昼を食べているということになるかはわからないが、とにかく感謝感謝である。きっといつものごとく、この後彼女たちには「はやく告白をしろ」と迫られることになるのだろうけど。

「にしても及川が、彼女とご飯って、なんか…」
「よくわかんねぇよな」
「うん、なんかちょっと…まぁいつもみたく、あのあまーい笑顔してるんだろうけど」
「あれは本当に謎だ」
「笑い方?」
「おー。よくあんなニコニコ出来るよな」

本当にそう思うのだろう、岩泉は軽く顔をしかめた。ぷっと吹き出しそうになる。

「つぎ彼女に愛想尽かされるの、いつかなぁ」
「もーそろそろなんじゃねえの」
「あはは」

及川について話を続けているうち、あっという間に私も岩泉も、パンを食べ終えた。…はやかった。もうちょっと長く、長く、って思っていたけれど、これでお昼は終わりのようだ。
ふう、と一息ついて岩泉が立ち上がる。ちょっとその顔が機嫌がよさそうに見えたから、私はなんとなく調子に乗って、「ねえ、岩泉は?」なんて声をかけた。

「なにがだよ」
「彼女。…ほ、欲しいとか。ないの?」

思えば、岩泉と(個人的には)楽しくお昼をすごせて、浮かれていたのだと思う。
私の質問に岩泉はちょっと首を傾げたあと、特に何か気にするふうもなく、

「まあ、ねえな」
「………」

ですよね。心の中でそう返し、私は努めて真顔を保ったまま、席を離れた岩泉を見送った。

結局そのまま、へんに落胆した気分を抱えて、私はその日一日を過ごすこととなってしまった。せっかくお昼を岩泉と一緒に食べられて、それからも上機嫌でいられるはずだったのに、ぜんぶを無駄にしてしまったかのようだった。

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