透明な未来に告ぐ


うちの部員はおそらくみんな、鈴原のことを知っている。というのも以前、及川が俺のいない間にあることないこと部員たちに吹きこみやがったからだ。仲の良い女子がいる、に始まりやがて俺には彼女がいることになっていた。その相手が鈴原だ。…あいつ、何をどうしたのか鈴原の名前まで出して部員たちを沸かせていた。花巻や松川は恐らく信じていないのだろう、にやにやしながらそれを俺に教えてきたけど。この件だけは許すまじ、と心に決めている。

さてその鈴原だが、もちろん本人はバレー部で自分が話題になっていることなど露ほども知らない。
そのため、俺はいま鈴原が集めた課題を職員室に運ぶのを一緒に手伝ってやっているわけだが、そばを通り過ぎざまにバレー部員の何人かに俺たち二人が好奇の眼差しを向けられていることなど鈴原は一切気づいていないのだ。俺もできるだけ気にしないようと努めている。

「岩泉ってさあ」
「?」
「いま身長どれくらい?また伸びてない?」
「いや…そんなに変わってねえよ。むしろお前が縮んだんじゃねーの」
「っひ、ひどっ」

すこし向こうに逸れていた意識が、鈴原のほうへ引き戻されていく。さらさら揺れるショートの髪を、なんとなく横目で見つめた。積み上がった課題の冊子が倒れないよう、鈴原は懸命にバランスをとっていた。
鈴原は女子としては、身長は低い方ではない。むしろそれなりに高めだと思う。しかしそれでも俺の方が高いから、隣で話していても視線がうまくは合わない。いつも見上げるようにして、鈴原はこちらを向く。

「…バレー部入れば身長伸びんのかなぁ…」
「知らね。てかなんで伸ばしてーんだ?」
「わかんないけどむかつくから」
「だれが」
「岩泉の上から目線」
「なんだよそれ」

結局そんな理由かよ。
ばかじゃねえの、と言いつつも思わず軽く笑ってしまうと、鈴原はむっとしていた顔をふっと緩めた。次いで隣から聞こえた小さな笑い声は、相変わらずどこか心地よいものだった。


▽△


岩ちゃんー、と俺を呼ぶ声に振り向けば、なにやら含みのある笑みを浮かべて、廊下の向こうからこちらへやってくる及川の姿があった。
放課後、部活へ向かう途中である。

「…いつにも増して気持ち悪い笑い方してやがんな」
「な、ひっどいな!そんなことないでしょ!?」
「………………」
「無視しないでって!」

しかし及川は俺の態度を気にするふうもなく、俺に追いつくと隣に並んでてくてく歩き出した。周囲の女子の視線も、すいーっとこちらに向いた。
見ればやはりこいつの方が俺より背が高く、そこで俺は鈴原の気持ちがなんとなくわかった気がした。…なんかむかつくな。

「今日、鈴原さんのお手伝いしてあげてたでしょ」
「あ?…ああ、言うと思った」
「なに、俺に気づいてたの?」
「あんだけじろじろ見られてたらな」
「わ、やだなー岩ちゃん!見せつけてくれちゃってたわけだ!」
「その口二度と開けないようにしてやろうか?あ?」
「あだだだだ」

鈴原とは確かに仲は悪くないが、及川に茶化されるほどだとは思わない。ただ、慣れとは怖いもので、正直なところこんな軽口が俺はあまり気にならなくなってきつつある現状である。

「なんでお前はそんなに、鈴原のことばっか言うんだよ」

ふとそう尋ねてみれば、及川はやけに自慢げな表情になった。

「それはねー、俺の直感、直感。岩ちゃんとこう一緒にいる分、そーいうのはわかるんだって」
「??…意味がわかんねえ」
「ふふん。絶対これ、当たるからね」
「その自信はどっから来るんだよ」
「さぁ〜?」
「腹立つ言い方してんじゃねーぞ」
「わああちょ!やめて!」

及川がなぜここまで鈴原にこだわるのかは知らないが、どうやら及川には謎の確信があるようだった。…もう面倒くさいから、いつも通りもうこの話は放っておくことにしようか。
少し前からずっと、及川は鈴原のことを言っている。こいつが鈴原の名前を部内に広めたのもその頃だ。なぜそんなことをしたのかと理由を聞けば「遅かれ早かれなるんだから別にいーじゃん」との事。
でも俺は部活がある以上彼女というのをつくる気はないし、そもそも鈴原が俺を男子として好きになる可能性があるのかどうかすら定かではないのだから、及川のその直感なんてものは多分間違っている、と思う。…そしてまた余計なことをしてくれたな、とも。これじゃあ鈴原にも、いずれ迷惑をかけてしまいそうな気がする。

「……想像以上に鈍いんだよなぁ」
「?なんか言ったか」
「ん?岩ちゃんダメダメだなーって!」
「てめーにだけは言われたくねーよ!」
「俺のどこがダメダメだっていうのさ!」

及川の直感。
曲がりなりにも、幼なじみの直感。
それがどれほど確かなものであるかということを、そのとき俺はまだよくわかっていなかった。

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