はじけたフランボワーズ


三年にとって、最後の体育祭。しかし感傷に浸る余裕もない。
グラウンドにはためく三色の旗。ぐるりとグラウンドを囲み、ボンボンだのタオルだのを振り回して盛り上がる生徒たち。おら盛り上がっていけよ!と後輩に声をかけながら、赤いハチマキを締め直す。
リーダーでこそないものの、この当日にはそれと同等の仕事がもらえた。岩泉はドンと構えてたまに盛り上げてあとは優勝旗取ってきてくれたらいいから、なんて言われるという、なかなかの頼られっぷりである。もちろん、期待に応える働きをしてみせようと思う。
とりあえず今行われている競技は、二年の綱引きである。青組と赤組による決勝ともあって、なかなかの熱気だ。

「いけいけー!」
「引っ張れ引っ張れ、あとちょっと!!」
「おっしゃあと20秒耐えろー!」

赤優勢。これは勝つかもな、と思いながらちらりとちかくにいる鈴原へ目をやる。
周囲から声援が飛ぶなかで、あいつはさっきからずっと真顔だ。午前中は元気に応援していたのに一体どうした。飯食った後らへんからどうも様子がおかしい。
この競技が終わったら一度声を掛けようか、と考えはじめたそのとき。

「うおおよくやった!」
「おい、一位だぞ!すげえな!!」

ピーッと笛が鳴り、赤いハチマキをした生徒たちはみな歓声をあげる。鈴原からぱっと意識がそれ、俺もまわりと同じように、よくやったと叫んだ。
戦を制した後輩たちはみんな笑顔で、こちらにむけて優勝旗を掲げる。応えるように赤組の生徒が沸いた。

:

「三年クラス対抗リレー、次移動なー」

綱引きが終わりしばらくすると、係の生徒が連絡しに来た。最前列にいた三年がわらわらと移動をはじめる。後輩たちから頑張ってくださいと声をかけられ、ちらほら見えるバレー部のやつらには手を振って移動する流れに乗る。
そこで前方にいる鈴原に気がついた。そういえば声を掛けるつもりでいたのだった、と思い出す。

「おい」
「!…い、岩泉」
「ぶっは、どうしたんだよその顔はよ」
「…うるさい…」

振り向いた鈴原はびっくりするほど緊張しきったカオをしていた。きけばリレーが不安だという。それで、あのときのも緊張のせいで真顔だったのか、と納得した。そんでまた笑ってしまった。意外すぎる。

「なんでそんなに笑うの…!」
「いや、お前がそんななってんの初めて見たからなんか新鮮で」
「去年だってこうだったよっ」
「だったか?…まあでも大丈夫だろ。結構まじめに練習してたみたいじゃねえか、ここ最近」
「それはそうだけど」

部活があるためあまり俺のほうは練習に行けていなかったが、鈴原は違う。たまに出くわす電車ではだいたい眠そうだった。こいつ頑張ってんのな、とひそかに思っていた。

「なんかね、応援してて思ったんだけど、クラスのリレーやっぱり一位とりたくて」
「おう」
「そしたら余計に緊張……ちょっと岩泉笑わないでっ」
「わり…っはは」

本気なんだと思うと面白かった。朝だってリレーの話はしたけれど、午前中の競技を終えて徐々に赤組が優勝に近づいていることを実感している今、鈴原は改めて勝ちたいと思っているのだろう。こいつにこんな一面があったとは。
笑っているうちに入場門に近づく。隣の鈴原の緊張も増す。

「まあお前がたとえコケても、バトン取り落としてもだな」
「や、やりそうだから言わないでよ」
「俺がそのぶん取り返してやるから、緊張しすぎずがんばれよ」

ぽん、と背中をたたいて、鈴原が俯きながらもこくりと頷いたのを確認して順番のところにむかった。
鈴原に朝言ったように、俺ははじめから一位を取る気満々である。俺に今日優勝旗を取ってこいと言ったやつらの期待にも応えよう。向こうに見える松川や花巻ににっと笑ってみせた。お前らのクラスに負けはしない。


△▽


ピストルが鳴り、リレーが始まる。そしてやがて鈴原にバトンが回ってくる。順番の関係で、鈴原が走ってきてバトンを渡すところが、ちょうど俺が並ぶ列があるところだ。だからこちらに向かってくる鈴原の姿ははっきりと見えた。

(…あとすこし)

前にいる青組の生徒とすこしずつ距離が縮まっていく。じりじりと。そしてバトンを渡す直前、鈴原は青組に並び、抜かした。グラウンドに散らばっているクラスメイトたちが騒いでいるのを見て、なんだか誇らしい気分になった。


列からすこし外れ、走り終えた鈴原を迎える。
はあはあと肩で息をしながら、それでも嬉しそうな顔で駆け寄ってくる鈴原に、笑顔を返した。

「い、岩泉、わたしひとり抜いたよ、岩泉のおかげ、」
「おう、見てた」
「みっ…あ」

そこでなぜか鈴原は固まり、はっとしたように前髪に手をやった。あわてたように視線を落とし、恥ずかしそうな顔になる。

「あんな必死なとこ…」
「いーじゃねえかべつに」

俺の言葉にぱっとこちらを向く鈴原に、思わず笑う。見るからにほっとしたようなカオをしている鈴原に、今日はいろんな表情をするんだなとなんとなく思った。

「っほ、ほら岩泉、そろそろ列に戻んないと」
「おう」
「がんば、てね」

列に戻ろうと前方を向いた俺の背中に、鈴原がぽんと触れる。さっきの俺のマネなのだろうと思うと、なんだかくすぐったい気分だった。

ーー岩泉のおかげ、そう言っていた。鈴原が懸命に走る姿が頭をよぎる。あれが俺のおかげだというのなら悪くない、かもしれない。

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