鼓動のとめかた


ぽっかり穴が開いたみたいな気分だ。公園のベンチで、ぼんやり空を眺めながら思う。この時期にもなればすこし夜は肌寒い。星がやたら綺麗だ、なんてらしくもないことを思っていたら腹いっぱいのラーメンが今更になってせり上がってくる感覚がした。食い過ぎた。

「………はー」

今日。あの瞬間。ぜんぶ終わった。ぜんぶ。強豪青葉城西として過ごしてきたこの二年半が。花巻、松川をはじめとする三年連中、何より及川とのバレーが。

本当に、長かったようで短かった。

ラーメンのあと体育館で、あいつらとバレーをした。信じられないくらい楽しかった。全員がずっとげらげら笑っていて、試合の後なんて全く思えないような動きでボールを追って、繋いで、打って。ときどき及川のサーブで湧いて。なにも考えずただバレーをした。最後の最後、及川が主将らしい台詞を吐いたせいで涙を流すハメになったが、あれはあれでよかった。帰り道にはあいつに、言いたいことも言った。
今すこしすっきりした気分でいるのは、今日一日でたぶんいろいろなことをやりきったからだ。

だから、あいつを呼んだのはーーー呼んでしまったのは、決して全国に行けなかったこと、試合に負けたこと、あの連中ともうバレーできないこと、なんてそんなあれこれを慰めてもらいたかったからではない。
ただ、俺は。


「…岩泉!」


遠くから聞こえたその声を、すぐに耳が拾った。
振り向けば、向こうから走ってくる人影が見えた。街灯が、懸命にこちらに向かってくるそれが誰かを照らして示す。この肌寒い時期に、はあはあと息を切らしてこちらに向かってきているのはまぎれもない鈴原だ。
片手をあげる。目があった。


**


うん会える、とすぐに答えた鈴原に、どうしようもなく救われた気分になった。ただあのときは誰かの、いや鈴原の顔を見たかった。そんなよくわからない自分勝手な欲求に、こいつは躊躇うことなく応えてくれた。

「ほんとにきたんだな」
「…うん。ほんとにきたよ」

岩泉が呼んだんでしょ、とすこし笑って言いながら、鈴原はそっと俺の隣に座る。遠慮がちに距離をあけて。
言葉を返そうとして、なぜか口元でそれは声にならなくて、ただ俺は隣にいる鈴原を見た。星綺麗だね、と呟きながら空を眺めているその横顔に、どうしようもなくほっとさせられている自分に気づく。

「空とか全然見てなかった。迷ってて」
「は?」
「…実はこの公園まで地図のアプリ使って来たんだよね」
「ぶっは」
「笑うなっ」

迷ってたのか。駅からすぐの公園だから、軽く説明しただけで大丈夫だと思っていた。でも迷ったらしい。相当慌てていたのかもしれない。
けらけらと笑っていたら、鈴原はむっとした顔をした。目が細くなる見慣れた表情。それにも笑っている俺から視線を逸らし、「なんだ」と拗ねたようにつぶやく。

「なんだって何だよ」
「だってなんかいつも通りだから」
「は?ああ、なんだ、凹んでるとでも思ったのかよ」
「うん。泣き顔拝んでやろうーとか思ってた!」
「はは、残念だったな」
「ほんとだよっ」

こちらを向いたりそっぽを向いたり。足先を動かしたり髪の毛を触ったり。話しながら、鈴原のいろんな動きが目に入る。

くだらない会話と笑い声。暗い公園のなかで、ここだけ明るく光が灯っているような感覚。

試合の話。烏野の話。後輩たちの話。そこからいろんな話をしたけれど、どれも鈴原は真剣に、時折笑ったり口を挟んだりしながら聞いている。
ーーーいつからだろう。いつからこいつを目で追うようになっていたのだろう。ただの女友達だった鈴原が、そう思えなくなったのはいつからだっただろうか。
いまの時間が心地よくて仕方ない。疲れた体のことも忘れてしまえるくらいには。


:


「暗いのに、呼び出して悪かったな」
「いいよ。…ちょっとでも弱ってるっぽい岩泉が見れたから」
「は?どこがだ」
「なんとなく。いま話してて思った」
「俺にはわからん」
「私にはわかるのー」

そう言う鈴原はやけに自信のある顔をしている。話もひと段落ついたころだった。そこでふと、手のひらひとつ分あった距離が、いつのまにかもう手を動かせば触れるくらいに近くなっていることに気がついた。

ーー呼び出してからというもの、もうどれくらいの時間が経ったかわからないが、ゆっくりと固めていた決意。もともとそのつもりで呼んだわけではなかったが。それを行動に移す頃合いであることは、さすがの俺でも理解していた。きっとこれは、来るべきタイミングというやつだ。
ひとつ息を吐く。鈴原のほうを見た。

「…なあ」
「ん」
「好きだ」

たぶん。俺はお前が。

そう言った俺に、鈴原はぱっとこちらを見て目を見開いて。一瞬口を開いて、またすぐ閉じた。狼狽えているもののその瞳はどうも拒んでいるようには見えなくて、どくんどくんと自分の心臓がはやるのを感じる。

数十分にも感じる時間ののち、ついに鈴原は口を開けた。

「たぶんってなに」

その声は震えている。ような気がする。けれど口元は笑っている。
鈴原が何を言いたいのかわかった俺も、きっと笑ってしまっているのだろう。情けないことにやたら緊張してしまっているからわからないが。

「好きだ」

今度こそちゃんと効いたらしい、黙ったまま鈴原は顔を伏せた。
そしてすぐに、返事の代わりにそっと繋がれた指先に、心臓があやうくとまりそうになる。してやられた、と思った。

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