どうかわたしを呼んでね


「だからこの公式を用いて、先に値を求めてから…」

先生の声はのんびりしているけれど、明らかに授業中、この声にうとうとする人が減ってきた。体育祭が終われば本格的に受験が迫ってくるからだ。高三だし…私もなのだけれど。
カリカリ、カリカリ、シャーペンを走らせノートを手早くまとめていく。ちらりと目をやって、そこに見慣れた姿がないことになんとなく寂しい気分になる。

みっつ前の席。視線の先に岩泉の姿はない。昨日から春高の県代表決定戦なのだ。体育祭後すぐに、バレー部はこの日のための調整を始めていた。ぴりぴりした様子の岩泉には、一昨日の帰り際にがんばってねと声を掛けただけだ。

ーーーおう、全国行ってくる。

そんな返事とかすかな口元の笑みが、いまだに何回も、頭の中で再生されている。自然、きゅっとシャーペンを掴むゆびに力が入った。
今回が、岩泉たちにとっての大一番。全国に出場するための大事な試合であり、最後のチャンスなのだ。このときのために彼らは、毎日の大変な練習をこなしてきたのだ。

報われてほしい。すこしでも多く、勝った、という報告がほしい。

一昨日のうちに、試合の結果を教えて欲しいということは、岩泉に頼んであった。見に行けないからせめて結果だけでも知りたい、という一心で。岩泉はちょっとだけ驚いた顔をしたあと、おう、と頷いてくれた。実際、昨日はちゃんとそれに応じて、試合に勝ったという報告をくれた。
先生の視線が離れた隙に、そっとスマホの画面をのぞいたけれど通知はない。まだ試合は終わっていないみたいだ。


△▽


お昼。
まわりの友達とご飯を食べながらスマホを気にするけれど、まだ岩泉からの連絡はない。ちょっと長引いていたりするのだろうか。というか試合の報告を待つなんて初めてだ。そわそわする。
なんとなく彼女さんみたいな立ち位置になれたような気分すらしてくる…とそこまで浮かれて考えてから、あーっと頭を抱えたくなった。

ーーー体育祭の日もそのあとも。私は結局、告白なんてできなかった。
もう、自分の気持ちを伝えるどころじゃなかったからだ。彼女いらないって前から言ってたから、そういう相手もいないんだって勝手に思ってた。でも違った。岩泉には好きな子がいた。これまで一度もそんなそぶりを見せたことはなかったのに、いつのまにか。


「…い、おーーい、」
「え?……あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「あはは、岬今日ずっとそんな感じじゃん」
「ねね、岩泉から何か連絡ないの?」
「ん?うん。まだ終わってないんじゃ…あ」
「お?」

ちょうどそのとき、スマホが震えた。見ればLINEの通知で、画面の真ん中に岩泉からのメッセージが表示されている。

「次準決勝。」

そんな簡潔な文面に、ほっとため息がこぼれた。ということは午前中の試合には勝ったのだ。ひとつ、全国に近づいたのだ。

「どうって?」
「つぎ、準決勝だって」
「え!さすが!」
「やっぱすごいなーバレー部ー」

ここにいる友達はみんな、当然のように岩泉のことは私に尋ねてくる。私と岩泉の仲がそれなりに良いから、というのももちろんあるのだろうけど、みんな私の気持ちを知っているぶん、このメンツで話すときは私は岩泉とセットとして扱われることが多いのだ。そのことが内心嬉しい一方で、やっぱり引っかかるものはある。

…岩泉にもし、彼女ができたら。きっと私より、その子は岩泉のことに詳しくなっていくのだ。私の知らない岩泉をたくさん知るのだ。

考えても仕方ないことではあるけれど、凹まないではいられない。ふと廊下に目をやって、仲よさそうに連れ立って歩く男女を見て、なんだか切ない気持ちになった。


:


夜になった。でも岩泉から連絡はない。
ご飯もお風呂も済ませて、勉強もひと段落して。それでもメッセージ通知が来る様子はない。私が、準決勝頑張れ、とお昼に送ったきりだ。それには既読がついているだけ。

ーーどうかしたんだろうか。疲れすぎて連絡できないとか、そういうことだろうか?

気になって仕方ないけれど、どうしたらいいだろう。もし無事準決勝にも勝っていたなら、明日は決勝。それに備えているからメッセージどころではないのかも、とも思う。疲れているならむやみに連絡をとろうとするのは迷惑かもしれないし、でも気になる。
…それか、もしくは、そうではなくて。考えないようにはしているけれど、もしかしたら。

「…ああもう」

浮かんでしまった可能性を振り払うように立ち上がる。飲み物とってこよう、と部屋を出る寸前、ちいさく通知音が耳に入った。

「………え」

あわててスマホを手に取る。
画面には岩泉から届いたメッセージがあった。待ち焦がれていたものだった。
けれど内容は。

「電話かけてもいいか」

一体どうしたのだろう。これまで一度も電話なんてかかってきたことなかったのに。
試合の報告だけならLINEですれば良い。
なんとなく、本当になんとなくだけどいやな予感がして、慌てて「うんいいよ」と返信をした。そうしたらすぐに着信が入った。
ベッドに腰掛けるようにして、耳元にスマホをあてた直後。


「負けた」


言葉をなくした私と、それ以上なにも言わない岩泉。沈黙がしばらく続いた。
わるい予感があたってしまった。何と言えば良いかわからなくて、でもそれ以上岩泉は何も言葉を続けようとはしない。

「…そっか。おつかれ、さま」
「おう。…なあ」
「うん?」

沈黙。岩泉と話していて、こんなふうに沈黙の多い会話なんて、したことなかったかもしれない。
しばらく黙ったのち、岩泉はそっと息を吐いた。

「会えるか」

いまから。そうちいさく尋ねる岩泉の声はこれまでに一度も聞いたことのないようなものだった。ぎゅっとスマホを持つ手に力がこもる。

会えるか。

「うん。会える」

断る理由なんてどこにもなかった。どこにだって行くつもりだった。
岩泉が私を呼んでいる。それだけで十分だった。


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