明日はまだ少し遠い


入場門のまえで、フォークダンスの列に並びながら、先ほどの及川のセリフが頭をよぎる。

ーーー鈴原さんさあ、リレーのときにね、すっごい一生懸命岩ちゃんの名前さけんでたんだよ。そんで一位とったときね、めちゃめちゃ嬉しそうだったんだよ!

鈴原と並ぶ列が近くだったらしい及川は、俺がゴールしたあたりでの鈴原の様子をそんなふうに言っていた。なんでわざわざそんなことを伝えてくるのかがわからず、知らねえよ、と返しはしたが及川はしつこかった。
入場しつつも考えるのは鈴原のことだ。たしかにここ1年くらいで仲は良くなったと思う。けれどそれは友人としてのつもりだった。及川の言うようなことは全くない。…はずなのだが。



それぞれの組で、ぐるりと大きく円を描いた体形になって、曲にあわせて三年生が踊る。円は男女二列でつくられていて、男子が外側だ。途中途中で順番をずらしていって、組む男女を変えていくようになっている。

組ごとにダンスは違っていて、俺がちょうどしゃがんだところですぐ近くの白組の女子が黄色い声をあげた。ちらりと見れば及川がいつもの甘い笑顔を浮かべてその女子の手を取ったところだった。…あいつは本当相変わらずだ。彼女の有無は関係ないということか。あんなやつの言うことなんて気にするだけ無駄なような気がしてくる。

立ち上がったあと、俺の目の前でくるりと回った女子はたのしそうに笑っている。そして視界の端で、同じような動きのあと鈴原が笑ったのが見えた。


:


「…………?」

俺の前に来た鈴原は見るからに凹んでいて、その様子にちょっと驚いた。なんでだ?俺のとこに来る直前までテンション高かったよな?リレー前の緊張しきった様子とはまた違う。ちゃんと踊ってはいるものの、俯いて顔をあげようとはしない。
ただ時々手が触れるときだけ、その肩がかすかに揺れているのに気づく。…違うとはいっても、緊張していることはしているようだ。俺まで緊張してしまい、自然とお互いの動きがかたくなる。


ほんの数十秒踊ってから、すぐに鈴原は隣にズレていく。
ここまでで数人の女子と踊ったが、一番短かったような気がーーー


「!」


ーーーそして手が離れる寸前。きゅ、と指先を一度、俺より一回りちいさな手に掴まれた。

どくん、とわかりやすく心臓が跳ねる。
そこで初めて鈴原と目があった。きれいな目してんだな、となぜか思った。潤んでいるようにも見えた。揺れる髪が陽の光を浴びて淡い色になっていた。染めた話は聞かないから、もともと明るい色をしているのだろう。頬はすこし赤い気がした。どこか切ない笑顔を浮かべているように見えた。

なんでいま、まじまじと鈴原のことを見つめてしまっているのか自分でもよくわからない。けれど目が離せなかった。
するりとはなれた鈴原の手はもう隣の奴が握っていた。そのことが無性に腹立たしかった。


▽△


疲れた〜、これでもう行事ぜんぶ終わっちまったな〜、ほんとだよ〜、とそばにいる三年連中と気の抜けた会話を交わしながら校門に向かう。体育祭後すぐバレー部は撤収作業に追われ、先ほどテントの収納も終え、もうすっかりくたくたなのである。汗臭いが居心地の良い集団の中、結果赤組が優勝を果たし機嫌の良い岩ちゃんの隣を歩く。

「にしてもマジかよー、岩泉ほんとに勝っちまった」
「ほんとだよなー、マジ悔しい」
「あー、賭けの話ね」
「奢ってもらう気満々だったわ」

三年の中の数名と、クラス対抗リレーでどのクラスが一位を取るか、という賭けを数日前にしていた。岩ちゃんが勝ったから、今度岩ちゃんに俺たちでラーメンを奢ることになる。悔しいが、あんな走りを見せられては奢らないわけにはいかない。負けたわー、と言うマッキーに岩ちゃんは自慢げににやにやしている。

しかしふいに、その顔をぱっと向こうに向けた。
すぐに俺も気づく。校門を出た先、すぐ近くのコンビニから姿を現したのは鈴原さんだった。何か言いたそうな顔でこちらを見ている、ような。

「……………」

あえて何も口は出さないことにして、横目で岩ちゃんの様子をうかがう。真顔。でもちょっとだけ、目が合ったこと自体が嬉しいのかな?…なんて、そんな顔にしか見えないとはいえ実際に尋ねたりしたら照れ隠しにでも殴られそうだな。
じゃあ鈴原さんの様子は、と視線を向こうにやって、あーっと声をあげたくなった。すこし前に気づいたのだが、どんなに俺が目立っている場面でも、彼女は俺より先に岩ちゃんのことを見つめている。大抵の女子は俺ばかりを見ているのに、鈴原さんはそうではない。今もそうだ。俺のことはきっと眼中にもないのだろう、その目はまっすぐ岩ちゃんに向いている。
…彼女はきっと本当に、岩ちゃんのことが好きなのだろう。直接、好きなんでしょーとでも言って意識させない限り全く自分の気持ちを自覚しないような、とんでもなく鈍い岩ちゃんのことが。


結局何も起きることはなく、ぎこちなく手を振った鈴原さんに対し岩ちゃんは応えるように手を上げた。あーあ、なんでだろ、お互いはやく気持ち言っちゃえばいいのに。
でもそんなふうに思う一方、この二人を気長に見守りたいとも思っていたりする。我ながらいい幼馴染だ、とにこにこ笑っていたら隣から勢いよく肘でどつかれた。痛いっての。


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