マーマレードひとさじ


「おはよー岩泉」
「…っ、おー、鈴原。はよ」
「?」

ついに迎えた体育祭当日。学校へと向かっている途中、前方に岩泉の姿を見つけ、しかもこうして話せて朝から私のテンションは上向きである。
岩泉がちょっとだけ戸惑った顔をしたのを少し不思議に思ったけれど、すぐにいつも通りになったので、あまり気にはしなかった。

「いよいよだねー」
「だな」
「優勝させてね」
「なんで俺頼みなんだよ」
「いや、少なくともリレーは確実に、岩泉にかかってる」

そう言えば、岩泉は真顔で「お前もだろうが」とつっこんできた。はい、頑張ります。足引っ張らないように。しおらしく頷いた私を見て、岩泉は軽く吹き出した。
…話しながら、自然と岩泉の隣を歩けているのがなんだか嬉しい。今更ながら及川はどこなのだろう、今日は一緒じゃないのだろうか。ふと疑問が浮かんだけれど、気にしないことにする。

「けど、どーも花巻のクラスが怖えな」
「?なんで」
「昨日、絶対俺のクラスがリレーは優勝って喧嘩売られたんだよ。バスケ部とテニス部の主将がいるんだよな、たしか。あー、元主将だったか」
「へえ…きつい?」
「まあな。
けど、どうせなら優勝してえよな」
「!うん」

どうやら、私が思っていた何倍も、岩泉は気合いが入っているようだ。ちらりと見ればその横顔はやけに凛々しい。
…あーもう、こんな一言にすらなんだかときめいてしまうのだから、私はもう走っている姿なんて見たらだめかもしれない。
校門にたどり着くまでの短い間ではあったけれど、私の心臓は岩泉関連ならどんなに些細なことでもどきどき出来るようになっているのだと改めて思わされてしまった。




…と、そんな朝を過ごし、体育祭というのも合わせてとても気分の晴れやかな私のそばに、近づいてくる人物がいた。亜衣である。この間私を体育館まで引っ張っていったその人だ。私とは仲のいい友達であり、隠れ及川ファン。隠せてないけど。
着替えを済ませた私の手を引き、亜衣は更衣室のすみに向かう。そして。

「岬、いい加減はっきりさせよう」
「え?」

思いの外真剣な声色に、私はちょっとびっくりしてしまった。聞けば亜衣は今日、私と岩泉が二人で学校に来たのを見たらしい。たまたま出くわしたからだと説明したら、さらに亜衣の目に真剣な色が増した。

「私おもったんだけどね」
「ハイ」
「このままじゃ、ほんとに岬、あれだよ。友達止まりで終わっちゃうよ」

「これまでにも何回かああいうの見たことあったけど、でも二人には何もないんでしょ?なんか、あの距離が当たり前になってきてない?」
「……」

私は岩泉の、仲の良い女友達だから。そんな言い訳のような言葉が頭に浮かぶ。けれど声に出したら絶対怒られる、と思って何も言えない。何より今日、こんなに唐突に、こんなに真面目に岩泉への告白をすすめられることになるとは思ってもみなかったので、私はびっくりしてしまっていた。
ざわざわ騒がしい更衣室のすみで、亜衣の説得は続く。いつもの、告白しなよーみたいな軽い感じがない。

「もう卒業まで半年もないって、わかってる?」
「…それは、そうだね」
「たぶんこのままじゃ、何にもないまま終わるよ」
「……」
「ちょ、待って、それでもいいとか言わないでね」
「…うん、それはさすがに言わない。
でも亜衣、なんでそんなに一生懸命…?」
「あーえっと…
なんというか私のぶんまで頑張ってほしい」

私のぶん、とは、亜衣の及川への気持ちのことだろうか。この間一緒にバレー部の練習を見て、そのときもう亜衣の目がハート状態だったのを思い出した。教室で、岩泉とご飯を食べている及川を見るときのあの恋する乙女な表情のことも。思わず笑ってしまい、亜衣に軽く頭を叩かれる。

「えー、亜衣さん。それは押し付けじゃありませんか。自分も頑張ろうよ」
「だって及川君今彼女いるし。岬とは話が違うんだってー!」
「だめもとでも告白してみよ?いけるいける」
「適当に言うな!」

そのタイミングで校内アナウンスが入った。ついに体育祭が始まるようだ。慌てて、二人で水筒だのタオルだのを手に更衣室を出た。
大勢の生徒たちの波に加わって、私と亜衣は一緒にグラウンドに向かった。

ーーー告白だの何だのので話し込んでしまったけれど、とりあえず今日は体育祭なのだ。
亜衣の、自分のぶんまで友達の恋を応援したいという気持ちもわからないわけではないから、いやな気分にはならなかった。むしろ、そこまで思ってくれているのがかなり嬉しい。

「亜衣ー」
「んー」
「私、今日、頑張ってみます」
「!おー!」

別に、言ってみただけだ。本気で告白しようとか決めたわけではなかった。でも、体育祭独特の雰囲気と、亜衣の気持ちとが私を後押ししてくれているような気がした。
まあ、何より。つい人混みの中に岩泉の姿を探してしまっている自分に、いい加減何かしらの変化が欲しい。

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