春来る10月


体育祭を数日後に控え、今日も一日学校中が騒がしかった。漂う空気もそわそわしていて、明らかに皆、授業には身が入っていなかった。

「………ハァ」
「ん?どーかしたのか?」
「あ、いや…なんでもねえよ」

ここ数日、授業に身が入らないのは俺も同じだった。ただしもっとあやふやでよくわからない理由からであって、体育祭が原因ではないのは確かだ。…しかしこの”理由”については、今のところ誰かに相談する気はない。及川も含めて。
部室に向かう途中で一緒になった花巻が、なにやら妙な顔で俺を見る。「…岩泉がため息ねぇ」なんて続けてから、ふとその顔に笑みを浮かべた。

「もしや恋煩いですか。これは及川に報告かな〜」
「え、…いやおい、やめろ!」

にやにや笑ってこちらを茶化しながら、今まさに部室に入っていった及川のもとへ向かおうとする花巻を咄嗟に止めた。そんなことをしたらあいつに美味しいネタを提供することになるだけだ、あいつとのこの後の帰り道のことも考えろ。つーか恋煩いって何だ、んなわけねーだろ。
花巻もどうやら本気で言っているわけではなかったようで、俺の制止に素直に従った。
そしてすぐに、何か別の話をし始める。内心ほっとして、これ幸いとばかりに、その話題に飛びついた。

:

見知らぬ後輩から、この間告白をされた。そのとき、その後輩が顔を真っ赤にしているのを見て、思った。ーーーあのときと違う。
そう、鈴原の赤い顔を見たときと、明らかに違ったのだ。あのときは、鈴原が真っ赤になって、そしてびっくりするくらい俺まで顔を赤くしてしまって、それからしばらくは会話すら出来なかったほどだった。余裕なんてなかった。
そして抱きとめたときのことまで思い出して、ふいに体全体が痺れたかのような感覚に陥る。
…一体、これは何なのだ。意味がわからない。あれから、あの後輩と鈴原とでは何が違ったのだろうということがずっと頭に引っかかっている。そしてそれを考える度、いろいろ余計なことまで思い出して変に心臓がうるさくなってしまう。
ーーー恋煩い、という花巻の言葉がふと頭をよぎり、そんなはずはないと慌てて否定し、練習着を頭から勢いよく被った。


△▽


思い切り叩くと、ボールは激しく床にぶつかった。一球、また一球。大きく音が響く。広い体育館の中で大勢の部員たちが練習をしている。振動で床が小刻みに揺れる。

「ナイス岩ちゃん!」

及川から、真剣そのものの声をかけられた。こいつは部活になると、いつものへらへらした雰囲気がどこかへ行ってしまう。その瞳は自分のトスを打つスパイカー達へとまっすぐに向けられている。
ボールを打つ、打つ。ひたすらバレーと、そして仲間と向き合う。今日一日ずっと、この時間が待ち遠しくて仕方なかった。何もムダなことを考えなくてすむ。
はずだったのに。

「岩ちゃん、あれ、鈴原さんじゃん」
「は?」
「ギャラリーにいるよね?端っこの方の…」

水分補給中に、近くにいた及川がそう言ってきた。見間違いだろ、と言い返しつつ、言われた方を見てみれば。

「…まじか」
「いたでしょ」

及川はどこか得意げだ。こっそり俺に伝えてくるあたり、他の部員に知られないようにという配慮をしているのだろうか。
俺が気づいたのがわかったらしく、鈴原はちいさくこちらに手を振った。この場で手を振り返すわけにもいかないので、頷いてみせれば鈴原はちょっとだけ照れたような笑顔を浮かべる。隣にいた及川がハッと息をのんだ。

「岩ちゃんいつからそんな関係に…?!」
「ちげぇよ馬鹿か」
「じゃあなんで、鈴原さんがいんのさ」
「知るかよ」
「絶対あれ岩ちゃん見に来たんだよ?」
「自分目当てだとは思わねえのか」
「…だって鈴原さんには未だに名前呼び拒否されるし、多分俺を見に来たりとかしない」
「なんで拗ねてんだお前」

正直、それを聞いてなんとなくすこし気分がよくなった。鈴原は及川を嫌っているわけではないだろうが、そういうところははっきりしている奴だ。
…拒否してるところを見たかった。

「ちょっと岩ちゃん。なんで面白そうな顔してんの」
「なんかスッキリした」

それに対して及川がぶーぶー言い始めたあたりで、ちょうどよく休憩時間が終わった。バタバタと部員たちが皆練習に戻る。

ちらりと向こうに視線をやると、鈴原と目が合った気がして、なんとなくすぐ逸らしてしまった。…及川の言うように俺目当てで来たわけではなく、あいつは大方、あの隣にいる友達に無理やり引っ張ってこられたとかそんな感じなのだろう。あの女子が、及川目当てに来ているのを見たことがあるような気がする。
ーーーそれでも、意識しないわけにいかなかった。

「ッシ!」
「ナイス岩泉!」
「岩ちゃんナイスー!!」

部活中に、余計なことを考えている暇などない。ないのだが、すこしでも頭に余裕が生まれるとどうしても鈴原のことを考えてしまった。それはこれまでに経験したことのない、やけに背筋の引き締まるような妙な感覚だった。いつも以上に体がよく動く、気がする。
きっとプレーのどこかには、いつもと違う何かが表れていたのだろうーーー及川はそれから部活が終わるまで、その頬ににやにやと含みのある笑みを浮かべたままだった。

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