[今日はありがとな]

そんな文章が、もはやそっけなく見えるくらい簡単に並べられたメール。日付は24日。夜11時ごろに届いたものだ。
その文面から甘い雰囲気などはあまり感じられないけれど、それは私にとってはとても嬉しいものだった。ここ数日、何度も何度も見返している。

ぼふ、とベッドに倒れこむ。いま私の頭の中のほとんどを占めているのは、他でもない飛雄くんである。
…思い出すたび、なんだか今までにないくらい幸せな気分になれる。静かな部屋の中でひとり、私は未だに、あっという間に過ぎていったクリスマスイブの余韻に浸っていた。


**


午後2時、待ち合わせの場所は私の家。というのも飛雄くんに、俺が迎えに行くと主張されたからだった。
時間になってドアを開けたら私服姿の飛雄くんが外に立っていて、私を見るとちょっとだけ目を見開いた。


「え、なに…?」
「…?いつもとちがう」


しかしどこがちがうのかは、よくわかっていないらしい。首をひねりながらも、「じゃあ、行くか」と声をかけてきた。いつだったか、飛雄くんが私服の私に気がつかなかったことがあったのを思い出して、ちょっとだけ笑ってしまった。

私は直前まで、イブにどこで何をしたいかを決めることが出来なかった。秋にそれを相談したら笑って「イルミ見てきたら」と言われた。どうやらそれがデートの定番らしい。初めて彼氏と迎えたクリスマス、ひとつ学んだ気がする。
飛雄くんによれば午後から時間をつくれるとのことだったので、駅前のイルミネーションに行くことに決めた。それまでは適当に時間をつぶしとこうということになり、今向かっているのは駅のそばのショッピングモールである。放課後ちょこちょこ訪れたこともあるけれど、この建物に飛雄くんと来るのは初めてかもしれない。


「人多いな」
「うん…こんなに来るもんなんだねー」


カップル、友達と騒ぎながら歩く中高生、なにやら大きな袋を抱えた夫婦。小さな子ども。クリスマスカラーで彩られたモール内に、クリスマスシーズンならではの、サンタの格好の店員さんたち。いつになく華やかな様子、そして人の量に私も飛雄くんもびっくりしてしまった。


「おい、はぐれんじゃねーぞ」
「…私そんなに子供じゃないよ?」
「なんつーか、すぐどっか行きそう」
「え、なにそのイメージ」


言いつつなんとなく不安になったので、わずかに繋いだ手に力を込めた。ら、それに気づかれたようでふっと笑われた。なんだか恥ずかしくなって向こうを見た。


買い物といっても、お金がたくさんあるわけでもないのでそこまでのものを買うこともなかった。お年玉待ちの身なので、こればかりは仕方ない。
たまーに、放課後二人でぶらぶらするときみたいに、本屋に入ったりCDショップに入ったり。洋服を見たり。あとは途中でクレープ屋に寄ってクレープを食べた。飛雄くんが、どんな過程を踏んだのかわからないけれど、クレープの生クリームで唇の上に白い”ひげ”を披露したものだからしばらく私は笑いが抑まらなかった。涙目の私がやっとそれを教えると、飛雄くんはその日一番の目つきの悪い顔を見せたけれど、どうやったって怖くはなかった。

ひとしきりモール内を満喫して、あのレアな瞬間を写真に撮っとけばよかったと後悔したりしながら、最後に端のほうにあるゲーセンに寄った。
そして二人して、でっかいアイスバーの入っているクレーンゲームを見つけ挑戦するも惨敗。どちらもこの操作には不慣れなのだということがわかった。飛雄くんは結構悔しそうに中にあるアイスバーを見つめていて、なんだか不覚にもきゅんとした。…なんでかはもうよくわからない。いつになく、バレーしてるときみたいに真剣だったからかもしれない。いやただ単になんか可愛く思えたからってだけかも。

ほら行こ、と若干テンションの下がった様子の飛雄くんの手を引き、ゲーセンから出ようとしたそのときだった。


「あっれ、飛雄と千花ちゃんじゃん。どーしたのー?」
「!!」
「?!お、及川先輩」


久しぶりに会った及川先輩はジャージ姿で、相変わらずそのキラキラ感は健在だった。思わず一歩下がる。
そして、ぱ、と繋いでいた手がどちらからともなく離れた。しかしそれを全部ばっちり見ていたらしい及川先輩は、やけににこにこと笑いかけてくる。居心地が悪い上、恥ずかしくなって目を逸らした。


「…飛雄くん。なんでここに及川先輩がいるの」
「知るかよ…」
「ちょっと俺いるんだからちゃんと俺に聞いてよ、千花ちゃん。てか二人とも、そんな迷惑そうにしなくてもいーじゃんか」
「…なんでいるんですか」
「んー?デートデート」
「何がデートだ」
「あだっっ!」
「!?」

突然、すぱんと及川先輩の頭を誰かがたたいた。そして及川先輩の背後から登場した男の人(たぶんこの人がたたいた)が、「悪いな、影山」と一言残し、及川先輩の首根っこを掴んで引きずっていく。
ったく、くだらねー見栄はってんじゃねーよクソ及川!いいじゃんクリスマスに彼女いないの久々すぎて苦しいんだから!だからって元後輩に絡んでいいわけじゃねーっつの!だってムカついたんだもん、あいつ手なんか繋いじゃってさ!

二人がぎゃーぎゃー騒ぐ声が徐々に遠ざかっていき、人混みの中に消えた。嵐のように去っていった二人の姿を見て、ぽかんとしている私の手を、今度は飛雄くんが引いて歩き出した。

「…なんか、悪い」
「えっと、あれ、誰?知りあい?」
「?ああ、岩泉さん。中学んときの先輩で」
「へー…!」


飛雄くんは、これまであまり中学時代の話をしてくれたことがない。理由は知らないものの、なんとなく意識的に話すのを避けているんじゃないかな、と思うことが多かった。だから、私から無理に聞いたことはなかった。
…けれどなんと、そこからしばらく、飛雄くんは私に中学のときの話を聞かせてくれたのだった。ショッピングモールから出て、駅前の、イルミネーションの場所にたどり着くまでの間だけ。時折言い淀むことはあったけれど、特に嫌がる様子はなかった。及川さんはあんなだけどあれがすごくてこれがすごくて、岩泉さんのプレーはこうで、同じ学年にいた奴はどうのこうので、と、飛雄くんは話をしてくれた。
ーーー飛雄くんについて、たくさん、知りたい。過去のことだってちゃんと。そんなふうに思っていたこちらからしたら、先ほどの及川先輩の唐突な登場はなかなかありがたいものかもしれなかった。ちょっとだけでも飛雄くんの口から話が聞けて、私は素直に嬉しかったのだ。これをきっかけに、いずれ、もっといろいろな話をしてくれるようになる気がして。
そうして喜んでいたら、飛雄くんには不思議そうな顔で見られたけれど。

十数分後、飛雄くんと共に、白い息を吐きながらイルミネーションの会場に足を踏み入れた。中はどこもきらきらと明るくて、たくさん人がいて、賑やかだった。流れているクリスマスソングを聞きながら、ゆっくりと飛雄くんと歩調を合わせつつ、回っていった。
クラスメイトの姿を見つけ慌てていたら飛雄くんに呆れた顔で見られたり、二人で一緒に写真を撮ったり、人目も憚らずいちゃつくカップルを見て若干気まずくなったり。そしてはぐれそうになって言わんこっちゃねえとちょっとだけ怒られたり、送ってみた写真に対する日向からの返信に笑ったりしているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。びっくりするほど楽しくて、甘くて、幸せな時間だった。


**


新着メール一件。開いたら、[もう寝る。おやすみ]というシンプルな文章があった。相変わらず、飛雄くんは顔文字も絵文字も使わない。

[おやすみー!明日もがんばって]

送信。この返信はたぶん明日の朝だ。
…私もそろそろ寝ようかな。
ふとそこで、フォルダを開き撮った写真を見返してみる。するとあまりに嬉しそうに笑っている自分がいて、なんだか恥ずかしくなってくる。

「…楽しかった、なあ」

ずっと手を繋いでいるだけだったけれど、これまでで一番飛雄くんを近くに感じた気がした。あの一日だけで、また新しい、いろいろな飛雄くんを見ることができたように思う。

ーーー何より、あのクリスマスイブが、大事な思い出のひとつになった。忘れられない飛雄くんとの思い出に。それがまず、やっぱり嬉しい。
ベッドの上に横になる。iPhoneをテーブルに置いて、私は飛雄くんにクリスマスプレゼントとして贈られたマフラーを、そーっと抱きしめた。


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