「誕生日、おめでとうっ」
「…??誕生日って……あ」
「あはは、もしかして忘れてた?」


時計はきっかり12時を指している。突然鳴ったケータイにびっくりしながら開くとそれは原さ…千花からの電話で、何の用だろうかと首を傾げつつ出てみれば、一番に先ほどの台詞をもらった。
ーーーもう、12月22日になったのだ。しかしいまいち、誕生日を迎えたという実感はない。自分でも、今日がその日だなんてすっかり忘れてしまっていた。

電話の向こうの千花は、寝てたらどうしようかと思ったよ、と言って笑っている。聞けばどうやら彼女なりに頑張ったらしい、いかにタイミングぴったりに電話をかけられるかとかそういうのを。俺が電話に出たことに本当にほっとしているのが伝わってきて、笑ってしまう。ーーそんなに真剣に祝おうとしてくれていたとは。


「まさか電話が来るとは、思ってなかった」
「うん、昨日もなんにも言わなかったもんね、私。…あ、もしかして寝る直前とかだった?迷惑?」
「は?いや全然、…全然。むしろ…」
「…むしろ?」
「………」


そのまま黙っていたら、すぐに照れたような笑い声が耳に入ってきた。つられてこちらまでなんとなく照れてしまう。どうやら、こちらの思っていることは察されてしまったらしい。
…もちろん、この電話が嬉しくないはずがないのだ。迷惑だと思うわけがない。
ケータイを右手に掴み直し、俺はなんとなく姿勢を正してベッドの端に腰掛けた。


「まあとにかく、飛雄くんもこれで16歳だよね」
「おー。そうだな」
「これから1年、改めてよろしくお願いします」
「…こちらこそ?」
「え、ちょ、なんで疑問系なの」
「いやなんていうか」


1年、か。これから1年。
千花が隣にいる1年。
バレー一筋に生きてきたつもりの俺に、いつのまにかこうして彼女と呼べる存在がいる。1年後も隣にいることを想像してもいい存在が。
そのことがなんだか変な感じがして、千花がどれほど例外的な立ち位置にいるのかを改めて感じた気がした。


「まあ…これからもよろしく」
「もちろん!で、バレーも頑張ってね」
「当たり前だろ」
「だよね。変わらず応援してるからねっ」
「ああ。絶対勝ち上がる」
「うん」


俺の言葉に、千花は当然のようにそう頷いた。どこか頼もしく感じるその声に、相変わらずどこか励まされている自分がいる。

そこからはしばらく、バレーだの学校のことだのと他愛ない話を交わしていた。あの走り出すタイミングがどうだとか、トスの角度がどれくらいかだとか。冬の課題の量がひどいこととか、今日の体育が嫌だとか。噛み合っていないような合っているようなわからない会話だが、慣れてしまえばもはやひどく心地よくすら感じるものだ。

やがて千花がふわあとひとつ欠伸をしたのをきっかけに、そろそろ寝ようかということになった。
俺も気づけばごろりと後ろに倒れ、天井を眺めながら話をしている。
眠くないといったら嘘になる。まぶたは重い。
ーーーけれど。


「そ…そういや、クリスマス行きたいとこ、決まったのかよ」
「ん…クリスマス?」


別に今しなくてはならない話ではないが、慌てて俺はそんな話題を振った。
…もうちょっとだけ。もうちょっとだけ声を聞いていたい。サプライズみたいな電話に自分が思っていた以上に喜んでいたのかもしれない、いつになくそんなふうに感じてしまったのだ。そして、誕生日なのだから今日くらいいいだろう、なんて思ってみたり。
そんな俺の小さなわがままに気づいているのかいないのか、千花は半分眠っているような声でそう返事をしてきた。そこからしばらく静かになったあと、ばっと起き上がった音が電話越しに聞こえた。おい何があったんだと言いかけたところで、「そういえば!飛雄くん、あの!」とはっきり起きている声が突然耳に飛び込んできて、さすがにびっくりしてしまった。


「な、なんだよ」
「イブに遊べるってほんとなの?!」
「は?」
「こないだ、クリスマスの前日ならって…あれイブってことだよね?!」
「お、おう…多分そうなるんじゃねーの」
「いいの?!本当に!?」
「いいっつーか…逆にその日くらいしかなかった気がする」
「…!!」


電話の向こうで、千花が喜んでいるのがなんとなくわかった。つーか今更じゃないのか、それ?
聞けば、千花はクリスマスの前日がイブであることまで気が回っていなかったらしい。よくわからないが、どうやら遊べる事自体が嬉しくてあまり深く日付を気にしていなかったそうなのだ。
その後改めて聞いた「嬉しい」と言う言葉はやけに耳に響いて、胸のあたりがむず痒くなるような感覚がした。

とにかく行きたい場所はまだ悩み中とのことだったので、それについてはまた明日話をすることにした。千花は案外優柔不断なところがあるというか、選択肢が多いと迷ってしまうたちらしい。まあ、千花の行きたくないところに行っても意味がないし、どうせならちゃんと悩めばいいだろう。…俺にしては、わりと大きく構えたつもりだ。


「ていうか、飛雄くん。もう1時間経つよ」
「?!本当かよ」
「いま12時56分。あー、お祝いメール確認する時間潰しちゃったかな」


どこか面白がるように言われて、どうせたいして来てもいねーよと返すと千花はどこか含みのある笑い声をあげた。何かを企んでいるようなものにも聞こえたが、気のせいだろうか。…しかし当たり前だがわからないので、まあ気にしないことにする。
そしてケータイを片手に持ち、俺はベッドからむくりと起き上がった。


「…じゃあ、そろそろ寝るか?」
「うん。…あ、誕生日プレゼントは、明日渡すからね!」
「プレゼント?」
「そそ。ちゃんと準備してるよ」
「…っけど、クリスマスもあんのに」
「それとこれとは別だって」


そんなに何度もプレゼントを買う必要はないのに。こうして電話を掛けてくれただけでも十分なのに。言いたいことはいくらかあったものの、千花はどうやらもう渡す気満々でいるようだ。ちっちゃいストラップだから気にしないで、なんて弾んだ声で言っている。そう言われてしまうと、もう止めるわけにもいかなかった。


「なんていうか、うん、楽しみにしててね」
「わかった」
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
「…いつもありがとう」


耳元で聞こえたその声を最後に、電話がふっと切れる。しばらく固まっていた俺だったけれど、やがて静かになった部屋の中で、電気を消してベッドに潜り込んだ。ふわりとあたたかい気持ちを抱えながら。


prev next
back
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -