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課題を提出するまで部活には行かせないし、帰ることも許さない。虫の居所が悪かったのか、何かのきっかけで完全にキレた数学教師のそんな発言に凍りついた教室内で、私はぎくりと身体を強張らせた。前の席の男の子、影山くんも同じようにびくりと肩を揺らしたしたのが後ろからでもわかった。

休み時間になるのを待って、心なしかいつもより小さく見えるように思える背中を、持っていたシャーペンの頭でつんつんとつつく。
すると眠そうな瞳がこちらに向けられた。

「なんだよ」
「あのさ、影山くんも提出、してないの?課題」
「も、って。みょうじさんもなのか」
「うん、今日はたまたま…」

課題を提出する以前に、家に忘れて持ってきていないからどうしようもなくて。そう説明すると、影山くんは「俺もだ」と言った。よし、仲間発見。

「あれさ、どうする?」
「課題提出も何も、手元にねえからな」
「そうなんだよね」

二人してうーんと唸る。放課後、やっぱり先生のもとへ行くしかないんだろうか。しかし、課題提出できるわけでもないのに居残りというのもなんだか嫌だ。

結局、「持ってねえからやりようがないし、明日提出しますでいいんじゃねーの」という影山くんの投げやりな言葉に乗っかって、私達二人は例の数学教師のもとへ交渉しに行き、昼休みを見事にお説教によって潰されてしまった。





「仕方ないからお前らはこれをやれ」と、昼休みに手渡されたプリント数枚を手に、指定された空き教室に入る。するとそこにはすでに数名の生徒の姿があった。早く部活に行きたいからか、帰りたいからか、みんな懸命にプリントに向かっている。
適当な席を見つけて座ると、隣には影山くんが座った。それなりに広い教室で、まばらに散らばって座る生徒たちに対し私のすぐ隣に座った影山くんにわずかに違和感を感じたものの、あまり気にすることもなくプリントに向かう。



…影山くんがわざわざ私の隣に来た理由は、わりとすぐに明らかになった。

「は?これって違うのか?でもここでこれかけて、そんで、???」
「お、落ち着いて影山くん、混乱しすぎ」
「おう」

おとなしく私の話を聞いている。しかしその頭の上に浮かんでいる疑問符の数はたぶん相当なんだろう。
プリントの内容は、以前授業で習ったものの応用編。結構むずかしい。たぶんあの先生のちょっとしたいやがらせかなにかだと思う。

椅子を寄せ、しばらく解く様子をみていたら、かなり深刻な顔をした影山くんがふいにこちらを向いた。びっくりして固まる。綺麗な目がじっと、もはや睨みつけるかのような強い眼差しをもって私に向けられる。…てか近い、近い。予想外に近い距離にいたらしいことに慌てる私に対し、影山くんは一切慌てず真顔である。どうやら何か言いたいことがあるようだった。

「っえ、と、影山くん?」
「…部活、が」
「部活??」
「いまたぶん、サーブ練に入った」
「…ああ、バレー!」
「………」

こくりと頷く影山くんは、なんだか元気がない。内心首を傾げているとその次の瞬間、がばりと頭をさげて、「だから頼む」とだけ言ってきた。距離的に頭をぶつけられそうに思えて慌てた。

「はやく部活行きてえ。だから教えてくれ…!」
「うん…お、教えるのは構わないけど。終わるかな、部活って何時までだっけ?」
「7時半」
「遅いね!じゃあ、いける…かも…?」
「本当かっ、…あ、でもみょうじさんは」
「私はべつに時間あるし、大丈夫だよ」

すると今度は目に見えて嬉しそうにする。…影山くんって、なんでも気持ちが顔に出るんだ。ふつうのクラスメイト程度の関わりしかなかったけれど、それに気づいた今は以前よりすこし仲良くなれたような気がした。
いっつも不機嫌そうな顔ばっかしてるくせに、こういう素直なところはなんかヘンだ。思わず口元を緩めた私に気づくことなく、影山くんは早速問題に目を落としている。





影山くんの質問に答えたり教えたりしながら、自分のプリントも解き進めて約1時間。ついに。

「終わった…!」
「終わったね…!」

ついに、影山くんがプリントを解き切った。答えがあってるかはわからないけど、解き切ったのだ。びっくりした様子で終わったプリントを見つめる影山くんがなんだか面白い。

「はい」
「??」
「私のと一緒に提出しとく。もう部活、行ってきていいよ」
「??!っ、」

うまく言葉にならないようで、けれど影山くんはばっと席から立ち上がった。あざす、と私に勢いのままお礼を言って、筆箱をひっつかんで教室から飛び出していく。はっやい。部活してる男子ってあれが普通なの?想像以上にはやすぎて、呆気にとられるあまり、言おうと思っていたことを言いそびれてしまいそうになる。

「あの、影山くん!」
「!?…、な、なんだ!」

教室から慌てて出て、どんどん遠ざかる背中に向かってそう呼びかければ、急停止してこちらを振り向く。うわあごめん、部活行きたくて仕方ないだろうに、呼び止めてしまった。本当にごめん。
…でもこれだけは言っておきたい。

「あの、部活、がんばってね!」

プリントを解く影山くんの隣で、その必死な様子や、思っていたよりずっと綺麗な手(バレーのために爪とか整えたりしているらしい)、たまに呟かれるバレーへの気持ちなど、いろいろなものから影山くんがどれほどバレーが好きか改めて思い知らされた。教室にいるときは寝てばっかりだからあんまりわからなくて、まさかここまでだとは思っていなかった。バレーに一直線。なんだかそういうの、いいなあって思ったのだ。

離れていてもわかるくらい影山くんは口元をもごもごさせて、おすっと言ってすぐに走り去っていった。よかった、嬉しそうにしてくれた。たぶんバレーしか見えてないんだ、あれ。受け取ったプリントを手に教室へ戻る。私ものこりをはやく終わらせて帰ろう。
それで、出来れば体育館の中を、ちょっとだけ覗いてみよう。第二体育館って言ってたっけ。
mae ato
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