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影山くんが好き、そう自覚したのはもうずっと前のことだった。ひとつ下の後輩で、きっかけは忘れたものの徐々に仲良くなって。はじめはただの可愛い後輩だったはずが、気づけばどうしようもなく気になる存在になってしまっていた。部活を友達とこっそり覗きに行ったこともある。日を追うごとに自分の中でその存在がどんどん大きくなっていき、今日はどこかで会えるだろうか、話せるだろうかと毎日学校に来るのが楽しみになった。
ーーーその影山くんが、私のことを好きだとわかったのは、昨日。メールで突然告白をされた。びっくりして何も返せないでいるうちにもう一通メールが届いた。直接話をしたいから明日会えませんか、との事だった。

「…………」
「…………」

それで、昼休み。上の空でご飯をすませ、友達に冷やかし半分で背中をたたかれたりしたあとで、屋上へ来た。
すると難しい顔をした影山くんが立っていて、戸惑いながら向かい合ったままもう数分が経っている。

「か、げやまくん?」

謎の沈黙に耐えかねてついに私がそう声をかけると、影山くんはびくりと肩を震わせた。こちらを見るその瞳は予想外に気弱に揺れていて、思わず目を見開く。

「………えっと」
「うん」
「その………」

影山くんの視線が揺れる。私とは目が合わない。そして迷うように、口を開けたり閉めたりしている。
辛抱強く、次の言葉を待った。

「昨日のこと…なんです、けど。メール、見ましたよね?」
「うん。み、たよ」
「…あざす。えっと、あー……で、返事聞く前にやっぱ一応、ちゃんとこうして話、したくて」
「…うん、」

そこで影山くんは言葉を切り、すう、と息を吐いた。射抜くような瞳が私を見据える。



「先輩、俺、みょうじ先輩が好きです」



ーーー体が、一気に痺れたような感覚がした。好きです、…好きです。頭の中でその言葉が揺れる。何度も昨日の夜、見返したメールが頭を過る。
…あれは、嘘でも夢でもなかったのだ。疑っていたわけじゃないけれど、こうして面と向かって言われてみて、やっとそれを実感した。

「それに気づいたのは、ちょっと前のことなんですけど。…先輩に会えないかとか、なんかいつの間にかそーいうのを、よく考えるようになってて。だから部活見に来てくれたときとかは、すげー嬉しかった、し」
「…え、あ、気づいてた?!」
「?そりゃまあ。なんか入り口のあたりから覗いてましたよね」
「………」
「まあ、それで。…なんか最近どうしようもなくなってきたんで、告白、しました」

びっくりするほど、影山くんは直球だった。もう目を逸らすことなく、まっすぐに私を見つめてくる。…たぶんこれ、自分の気持ちを本当に正直に、私に伝えてくれたのだろう。影山くんは照れもせずに、開き直ったように堂々としている。

…で、対する私はというと。

「…っっ」

だめだこれ、ちょっともうだめだ。考えるより先に、体が動いた。…影山くんから離れなければ。
信じられないくらい頬が熱く、その熱は引くどころかどんどん増してきている。このままここにいたら私、いつか爆発でもするんじゃなかろうか、なんて思うくらい。
うわあ、もう。後輩として可愛がっていた人物に、ここまで真っ赤にさせられてしまっていることにも、なんだか耐えられなかった。私、先輩なのに。くやしかった。ガン見されてるし。いや、好きなんだけど、好きだからこそ恥ずかしさが倍増する。ここまで赤くなってしまった顔を、見られたくなかった。

そうして影山くんの目から逃れるように体の向きを変え走り出そうとするも、次の瞬間には、ぐいと右腕が力強く引っ張られた。私はどうやらあっけなく捕まってしまったらしい。…走り出してどうするつもりだったのかは、自分でもよくわからない。

「…逃げる気ですか」
「い、いや、に逃げるとかじゃ」
「返事も言わずに?」
「……っっ、そ、そんなんじゃなくて、っわ」

影山くんはどうやらちょっと怒っているようだった。しっかり腕を掴まれたまま、ぐいぐい引っ張られていく。そしてふいに、とん、と背中が壁にぶつかる感覚があった。
びっくりして振り向いて、気づく。どうやら私は影山くんによって、屋上のドアのそばの壁に、追いやられてしまったらしい。影山くんの方に向き直って、思わず絶句した。

「…………い、や、あの」
「なんすか」
「ち、ちかくない?ねえ」
「気のせいです」
「………」

いや、気のせいではない。私の顔のそばにはに影山くんの片手がつかれており、視線をあげたらすぐそこに影山くんの顔がある。慌てて目を伏せた。…これ、絶対、距離がおかしい。
…いま話題の壁ドンというやつを、こうも滑らかにやってのける影山くんに、何よりびっくりしてしまった。たぶん影山くんは、壁ドンなんて単語は知らないんだろうから、なおさらだ。

「…なんでこう…影山くんはなんで…」
「どうしたんすか」
「………〜〜〜っ」
「てか先輩、顔、赤いっすね」
「だ、誰のせいだとっ」
「俺すか」
「…っ、うん」

ふいに影山くんがそこで、ひとつため息を吐く。その吐息がかかりそうなくらい近く思えて、びくりと体が震える。

「みょうじ先輩」
「…ハイ」
「いい加減、答えてください」
「こっ………この状態で?」
「この状態で」

しばらく影山くんに訴えてみたものの、体勢を変える気はなさそうだった。依然としてちょっと機嫌が悪い。諦めて、思い切りこちらに向けられている視線から必死で逃れながら、やっとの思いで口を開く。

「…好きだよ、私も。か、影山くんが」

そこから数分反応がなくて、そっと顔をあげれば、影山くんの顔がみるみる赤くなっていくところだった。さっきまでの強気な姿勢もどこへやら、一応私の顔のそばに手をついたままではいるものの、目があちこち泳ぎはじめる。その変化に驚き、またその赤い顔を見て、つられてさらに心臓の音がおかしくなっていく。…もうこれどうしたらいいの。収拾のつかない事態になっている気がする。

やがて多少落ち着いたらしい影山くんは、あの、と声をかけてきた。

「それ…本当ですか」
「ほ、本当…です」
「………そっすか」
「う、うん」

お互い目を合わせられないまま、ぎこちなくそう言葉を交わし、そこからは何も言えなかった。普段のように、笑いかける余裕などない。体もうまく動かなくて、だれもいない屋上で、私と影山くんの距離は未だにひどく近いまま。ーーー結局そこから解放されたのは、掃除開始のチャイムが鳴ってからだった。
弾かれたように体を離し、慌てて屋上から教室へと階段を降りていく途中で、影山くんに呼び止められた。今日一緒に帰れませんか、とのこと。すぐにこくりと頷いてみせると影山くんは見るからに嬉しそうに顔を明るくする。
…当然ながら私はそれに、どうしようもなくきゅんとしてしまったのだった。

mae ato
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