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それはたまたま遅くまで学校に残っていた日のことだった。すっかり赤く染まってしまった空を眺めながら、帰りを急いでいた途中。
ふとあるものに目を留めて、私は足を止めた。

ぱっとその光景を見て思わず、雨の中でヤンキーが野良猫と戯れているのを目撃したみたいな、そういうひと昔前の少女漫画にありがちなワンシーンが頭をよぎった。
ーーーいやただしこの場合、そこにいたのはヤンキーではなくただ目つきが悪いだけの、同じクラスの男子である影山飛雄だったのだが。しかもその前にいるのは捨てられた猫などではなく赤い首輪の付いた小さな柴犬。影山くんと犬との間には、戯れるというかむしろこれから戦いでも始めるのかというピリピリした雰囲気が存在しており、そもそも今雨なんて降っていなくて、もちろん私もその影山を見てきゅんとしてなんていない。ただなかなかに謎な状況に、首をかしげただけだった。

「影山?」
「ん…みょうじ」

道路のすみ、塀に向かってしゃがみこむ影山と、それに対して唸る犬。のそばにそっと近寄る。
こちらに顔を向けてから、すぐに影山は目の前の犬に向き直った。すぐに、二人…いや一人と一匹の睨み合いが再開される。
しばらく待ったものの影山がなにも言わないので、「その犬は?」ととりあえず尋ねてみた。

「…俺もよく知らねぇ。でもどっかから逃げてきたみたいで」
「ふうん…?」

よく見れば犬の首輪には、リードが付けられていて、しかし途中で千切れていた。

「…え、いや、それでなにしてんの?影山、その犬になんかされた?」
「?違ぇけど」
「違うの?!」
「なに驚いてんだ?」
「いや…だ、だってなんか、険悪な空気じゃん」
「…………」

痛いところをつかれた、というふうに影山が押し黙る。てっきり犬に何かを盗られただとかどこか噛まれただとかで怒っているのだろう、なんて思っていたのだが…どうやらそれは違うらしい。
…とすると?

「…ん?影山もしかして、心配してるの?その子犬の」
「…………。悪いかよ」
「いや、…なんかちょっと意外」

ちょっとどころか、本当に意外だった。
授業中なんか大抵机に突っ伏して寝てて、基本不機嫌そうで部活に行くときくらいしかイキイキした顔を見せない影山が、こうして逃げてきた子犬を気にかけるとは。…なんだ、こういう一面もあるんだ。わりと話せるようになってまだ数ヶ月しか経っていないぶん、まだ影山について知らないところは多いらしい。
影山はちょっと気恥ずかしそうな顔をこちらに向けてきて、私は思わず微笑んでしまいそうになっていたのをなんとか堪えた。




黙ったまま小さな子犬を睨む…否、見つめる、大きな影山の背中。…通行人がそう多くない通りではあるけれど、これは見た人にはなかなかシュールなものに映ったことだろう。

「いやあの、え?影山?」
「んだよ」
「なにもしないの?」

影山の新たな一面を見つけたように感じていた私は、どうせならしばらく付き合ってみようと思い、その場にとどまっていた。
しかし一向に影山が動く気配を見せないのだ。子犬は子犬で、影山を怯えたように睨みつけたままでいる。

「………〜〜」
「え?」
「…、ど、うしたらいいんだ」

影山の丸い後頭部を見つめる。しかし影山は、どこか頑なに私を見ようとしない。
私はその隣に並ぶようにして、しゃがみこんだ。

「………。もしかして犬苦手?」
「いや…苦手なんじゃなくて。嫌われる気ぃすんだよ」
「は?」
「犬に限らず…動物全般…」

なんとなく悔しそうに、影山はそう言った。

聞けば影山は、昔から動物に懐かれたためしがないのだそうだ。…子犬を心配していたのに睨み合いを続けるばかりだったのは、そういうわけか。それで、どうしたらいいかがわからなかったのか。
納得するとともに今度こそ笑い出してしまった私に、影山はあからさまにむっとした顔を向けた。慌てて抑えようとするが止まらない。

「ご、ごめ、でも、あはは」
「〜〜〜っ、こっちは真剣に悩んでんだよみょうじボゲェ!」
「ごめんって!で、でも多分、影山のカオが怖いとかだと思う…!」
「あ?!」
「いっっ」

ばしりと頭をはたかれる。わりと痛くて半泣きになりつつも、慌てて「ごめんごめん、手伝うから!」と言うと、影山はぴたりと動きを止めた。

「手伝うって、」
「犬なら私慣れてるんだよ、飼ってるし」
「!?…ど、どうすれば良いっ」

予想以上の食いつきだ。いつもなら、それを早く言えよとか怒ってきそうなものなのに、なんて思いながら、私は頷いた。

「えっと、手、グーにして、この子の鼻のとこに持ってってみて」
「??…っ、こうか?」
「そそ。あ、そーっとだよ、そーっと」

私の忠告におうと返事をし、恐る恐るといった様子で、影山は子犬の鼻先に手を出した。子犬は子犬で恐る恐る、その匂いを嗅ぐ。…なんだかその様子を見て、影山とこの子犬はどこか似ているように思えた。

しばらくすると、小さな柴犬の鋭い眼差しが、ゆっくりと本来の愛くるしいものに戻っていった。まだすこしびくびくしてはいるけれど、唸りはしない。対する影山も、険しい顔だったのが、どこか嬉しそうなものへと変わる。

「ほら、もう大丈夫」
「お、おお…」

そーっと影山が再び手を伸ばし、子犬がそれを目で追う。頭に触れる。子犬がびくりと体を震わせたあと、おとなしく頭を撫でられる。
そこまできて私も、同じように触ってみたいなとは思ったけれど、まるで初めて動物と触れ合うかのようにその犬に手を伸ばす影山を見ているのがいつのまにか、すっかり面白くなってしまっていた。





「散歩中にリードが千切れちゃって…!本当、ごめんねー」
「あ、いえ」
「大丈夫です」
「ありがとうね」

しばらく影山と犬のやりとりを眺めていたら、飼い主らしい女の人が慌てた様子で現れた。抱き上げられた柴犬は、嬉しそうに尻尾を振っている。…よかった。野良犬になってしまって保健所送りとか、はたまた車に轢かれてしまうとかになったら、笑えない。ある意味では影山がそれを防いだのだと考えると、なんだかおかしく感じる反面、すごくほっとしてしまった。

遠ざかっていく女の人の後ろ姿を、名残惜しそうにも見える表情を浮かべて見送る影山の隣を歩く。街灯のそばにいたために、そして子犬に夢中になっていたために気づかなかったが、もうすっかりあたりは暗くなってしまっていた。

「どうですか、犬と遊んでみた感想は」
「…思ってたより、やわらかかった。毛?が」
「でしょ。で、可愛かったね」

こくり、とわりと素直に頷いた影山に、自然と頬が緩む。
…柴犬と戯れる影山飛雄、も結構可愛かったけれど。なんてそんなことを思いつつ、私は影山とともに帰路を急いだ。

mae ato
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テーマ「人外ファンタジー」
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