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軽く体がゆさぶられる感覚がして、薄く目を開いたら、こちらを覗き込む飛雄の顔が一番に目に入った。さらりと揺れる黒髪、綺麗に整った顔立ち、…を台無しにしているひどく悪い目つき。
目だけ動かして見れば、部屋のすみの時計の針が差しているのは朝6時前だった。飛雄はジャージ姿で、たぶんこれはもう朝ひとっ走りいってきたあとなのだろう。

「起きろ」
「………ぐぅ」
「おいふざけんな」

ばし、と容赦なく頭をはたかれ、被りなおそうとしていた布団を剥ぎ取られた。痛いし寒いいい、と文句を言えば、「朝飯はやく食いたい」と飛雄は言い返してくる。…朝飯って。
先に食べればいいのに、うちに朝ごはんを食べに来た時は、いつも飛雄はちゃんと私を待つ。もう飛雄にとってそれは昔からの習慣のようなものになってしまっているんだろうけど、私はそのたびに、普段よりかなり早く起きることを求められる。運動部の飛雄には、朝練というものがあるからだ。

「おはよう…」
「はよ」
「…今日なに?」
「餃子」
「わあ飛雄の好物…朝からかぁ」
「で、こんど俺が来るときはカレーらしいぞ。来週だけど」
「ええ、もう決まってんの?」
「さっき聞いた。つーかほら、さっさとしろ」
「わ、ちょ、わかったわかった」

どうやら相当お腹をすかせているようだ。ぐいぐい腕を引かれて立ち上がる。慌てて飛雄を部屋から追い出し、制服へと着替えを済ませた。いそいで髪を整えながら、なんの遠慮もなく私の部屋へ入ってくる飛雄にもう慣れきってしまっている自分にふと気づく。



朝ごはんのいいにおいに、自然と私の頬も緩む。見れば飛雄も似たような表情だった。…相変わらず、食べ物には簡単につられる奴である。そわそわしている様子を見て、思わず笑ってしまう。
飛雄と並んで私が食卓につく。すると、お母さんが笑顔で「なまえ起こしてくれて、ありがとうね」と飛雄にお礼を言った。なにその気持ちの良い笑顔。

「飛雄くん、ご飯おかわりならいくらでもしていいからね。餃子もまだあるし」
「あざす!」
「いいのいいの」
「………」

相変わらずお母さんは飛雄に甘い。昔から、うちのお母さんは自分の子同然に飛雄のことを可愛がっている。
そしてそれが、今の状況を作り出しているといっていい。お母さんは飛雄の両親がいない日にはうちに飛雄を呼び、朝ごはんを食べさせるのだ。今日のように、バレー部の練習に時間を合わせて。たしかに、運動部である飛雄は朝からしっかりしたものを食べなきゃいけないとは思うのだが、ここまでする必要は果たしてあるのか。しかも飛雄が来ると私は、こうしてとんでもない早起きをすることになる。家族ぐるみの付き合いというのもなかなか問題だと思う。

「おい、なまえ。腹減った」
「?あ、うん。食べよか。…いただきまーす」
「いただきます」
「はーい」

まだかなり時間が早いから、お父さんもお母さんも食卓にはつかない。というかお父さんはまだ寝てるはずである。お箸を動かしているのは私と飛雄だけだ。テレビだの時計だのに目をやりながら、もぐもぐご飯を食べ進めていく。

「うめえ」
「ふわあ…ん、おいしいね」

こくこくと飛雄が頷いた。こういうときの飛雄が、一番素直な反応を返してくれる気がする。
飛雄は、わかりやすく嬉しそうな顔でぱくぱく餃子をお腹へ入れていく。かなりの身長があるくせに、なんだか幼く見え、一瞬その様子がなんだか可愛く思えてしまった。





「え、飛雄、まだ食べれるの?」
「?余裕」
「胃袋どんだけなの」
「なまえの三倍」
「わりとリアル」
「まあな」

飛雄がなぜか誇らしげな顔をして、立ち上がり朝ごはんのおかわりをしに行った。…前言撤回だ。こんなに食べるやつを、可愛いなんて思えない。むしろこわい、いつものことながらその食べる量はおかしいと思う。

なんとなくその食べっぷりを眺めていたら、やがて満足したらしく飛雄が箸を置いた。

「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」

ぱちん、と手を合わせて、立ち上がる。それぞれお皿を重ねて流しへ運び、二人で洗面台へ。
歯ブラシをくわえて並んで鏡を見つめ、飛雄の頭に寝癖があるのを発見して笑っていたら思いきり頭を小突かれた。痛い。涙目で歯磨きを終え、カバンを手に玄関へ向かう。飛雄は朝練があるからジャージのままで、すみに置いていたらしいスポーツバッグを手に取った。

「はあ、朝から飛雄がヒドイ…」
「お前がなんか笑うからだろーが」
「…ぷ、だってなんかぴょこぴょこして、て、…っあはは」
「んだボゲ!笑うなっつってんだろ!」

そう私に怒りながらも、飛雄は寝癖を気にすることなく廊下を進んだ。まだ飛雄の頭の上で揺れている髪の毛の束を見上げ、私は笑いをこらえながら後に続く。

「っし…おら、行くぞ」
「え、わ、待って待って」
「遅ぇよ」
「飛雄が早すぎるんだよ!まだ待っててよ?!」
「マフラーくらいさっさと巻け!」
「うるさいなー!」

狭い玄関でわいわい騒ぎながらも、なんとか準備を終えた。いってきます、と口々に言ってドアから外へ。
途端に寒い風が吹き付けてきて、口からちいさく悲鳴がこぼれた。バレーへ向けずんずん進んでいく飛雄をいつものように風除けにしようと画策しながら、私は慌ててその背中を追いかけた。

mae ato
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