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まだ肌寒い春、日曜日。
真っ黒なジャージに身を包んだ影山君と、二人並んでのんびり河川敷を歩く。
やがて川沿いの、満開の桜の木が立ち並ぶあたりに差し掛かると、「おお…」という呟きが耳に入った。そういう反応をしてくれるのはちょっと嬉しい。


学校帰りにでも、帰り道をちょっとずらせばお花見が出来る。そう気付いたのは実は去年の春のことだった。確かなにかのタイミングで川のそばを通ることがあって、そのときだ。まあそのときはまさか一年後、影山君とこうして二人でここを歩くことになるなんて、思ってもいなかったのだけれど。

「桜すげーな」
「ね!」
「こんなとこはじめて来た」

きょろきょろしている影山君は、さっきから物珍しそうな顔であたりを見回している。そもそもお花見なんてあんまり来そうにない。
ーーーけれど、今日。普段部活で忙しい影山君が、午後から体育館が使えないことを連絡してきてくれて、お花見はどう、と誘ってみたら「お前が見たいなら」と言ってあっさりここまで来てくれた。


「このへんでいいかな」
「おう」
「あ、そっち持って」
「シート持ってきたのか」
「そそ。あと食べものもちょこっと」
「あー……腹減った」
「あはは、でしょ」

適当な場所にちいさめのシートを敷き、二人並んで腰掛ける。ちょうど大きな桜の木のそばだった。そっと吹き抜けた風はやさしい。

持ってきてあったカゴからおにぎりひとつめをぱくりと口に入れた影山君は、しばらくもぐもぐやったあとですぐに食べ終える。それから次のおにぎりに手を伸ばしながら、なあ、と言った。

「有名なとこなのか?ここって」
「ん?ううん。私も前まで知らなかったし」
「前まで?」
「うん。なんかね、去年たまたま見つけたんだ。それで今日なにするかってなったとき思い出して。ここに二人で来たいなって」

去年見つけてから、ほかの人にはなんとなく秘密にしてた場所。もちろん花見客が全くいないわけじゃないけど、ここに綺麗な桜があることを知っている人はすくないと思う。
それを影山君に教えた。恋人であるこの人と、一緒にここの桜を見たかったから。…改めてそう考えてみると、なんだかくすぐったい気分になってくる。



影山君に渡したおにぎりは、すぐになくなった。笑って隣を見上げたら、影山君の顔の背景にあわいピンクが映り込む。桜と綺麗な青の瞳にちょっと見とれてしまったあとで、どちらも体育座りのせいか、いつもより身長差がなくて顔が近いことに気づいた。ちょっとだけ照れてしまった私に対して、影山君は不思議そうな顔をしたあとひとつあくびをする。

「あったけぇ…」
「ねむい?」
「…かなり」

呟くなり、何か閃いたようにごそごそと体を動かして、しばらく考えたあとで影山君は頭がシートのところにくるようにして仰向けに体を倒した。本人はまだ眠気に負けてはいないけれど、眠る未来しか見えない。実際、すぐにまたあくびをしている。

:

やわらかい日差しに包まれ、目を細める影山君の視線は真上の桜の枝に向いている。
同じようにしてしばらくあたりを眺めていたら、ふいに「みょうじ…」と声をかけられた。やけに力の抜けた声だな、と思って隣を見たら重そうな瞼を必死で開こうとしている影山君がいた。思わず笑ってしまう。

「ちょっと寝とく?」
「ん……でも」
「しばらくしたら起こすよ。いいよ、寝てて」
「…………おー…」

そこでやっと、眠気に抵抗するのを諦めたらしい。そのまま影山君は瞼を閉じ、

「……?」
「え」

ーー目を瞑りかけた影山君が、ふいにこちらに手を伸ばした。びっくりして固まった私の前髪に、その手が触れる。


「さくら」


影山君が指先でつまんだ淡い色の桜の花びらは、すぐにそよ風にのってふわりと飛んで行った。
眠いからか、気が緩んでいるのか、なんだかのんびりした口調でそう一言だけ言った影山君は、思わぬことにドキドキしてしまった私をよそにガクっと眠りについた。…何かとやることが突然すぎる。ムードも何もありゃしない。けれどそんなのも影山君らしくて、笑ってしまう。

隣で眠る影山君の寝顔は、普段よりもあどけなく見える。
まだ頬の熱を感じながら、その寝顔を見つめて。来年もここに来て、桜を眺めて、二人でこうしてのんびり過ごせたらいい、なんて思った。

mae ato
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