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バイトを終えてアパートに帰ると飛雄が死んでいた。いや死んでいたっていうか、死んだように眠っていた。せまい部屋のど真ん中で。

「…来るって言ってたっけ」

二人掛けの茶色のソファーに身を投げ出して、ぐうぐう寝ている飛雄。そのまるい頭には淡い色の見慣れたタオルが被さっている。そっと近づいて、見れば髪が濡れていた。…いつものように、部活を終えてここに来て、シャワーを浴びてジャージに着替えてそのままソファーで爆睡、という流れなのだろう。
ただひとついつもと違うのは、その手にドライヤーが握られていること。前々から、シャワーの後は風邪を引かないようちゃんと髪を乾かしてと言っていたのだが、その甲斐あってかついに今日、ドライヤーを使おうと思い立つところまではいったらしい。

「でも結局眠気が勝ったのか…」

ぷ、と思わず吹き出してしまう。どんどん大きくなる体に対して、飛雄の中身はむかしからたいして成長していない。

:

四つほど歳の離れた幼馴染である飛雄とは、むかしから家族ぐるみで付き合いがある。そのためか、たまにある、飛雄のご両親がどちらも家にいない日には、私が夕飯を提供するという仕事をたまに受けおうことがあるのだ。

「…飛雄ー」

着替えや片付けなどひととおりやることを終えてから声をかけてみたが、こちら向きに倒れて眠りこける飛雄が起きる気配はない。全くない。頭のそばに近づいて、膝立ちになってその手からドライヤーを取った。

…まあ、むかしはこんなこともよくやっていたし。なんて言い訳しながら、カチリ、とドライヤースイッチを入れて、しっとり濡れた黒髪に向ける。甘すぎるのはわかっているけど、今日はどうも世話をやきたい気分だった。
熱風をあてながら、軽く手で梳いてみる。するすると指に絡めてしばらく髪の毛を弄っていると、ふいにもぞりと飛雄の体が動いた。

「…ん」
「あ、おきた」

うっすら目が開き、しばらくぼーっとこちらを見つめている飛雄は、起きはしたもののどうもまだ半分くらい意識がないようだ。なまえ、と呟くもののそこから先言葉は続かない。かわりにひとつ大きな欠伸が出た。

「飛雄、寝ぼけてていいから、はい、体起こしてー」
「んんん…」

私に言われた通り、横に倒していた体をずりずり動かしてソファーに座り直すと、続けてこちらにむかって素直に頭をぐーっと下げてくる。
これだと頭の下になってしまうところもなくなるし、だいぶ楽に乾かせる。

「……帰ってきたのか」
「うん。ただいま」
「おかえり…」

髪を乾かされている間、何度かハラヘッタという文句を挟みながらも、飛雄はおとなしく待っていた。

それからしばらくドライヤーを動かしているうちに、すぐに飛雄の髪は乾ききった。さらりとした黒髪はまっすぐ綺麗に揺れていて、なんだか達成感みたいなものがある。

「はい、おわり」
「…ん」

いつのまにかうつらうつらしていた飛雄の前髪をかるく直してやっていると、くすぐったそうに目を細めた。なんだかその様子は、今にもごろごろと喉を鳴らしはじめそうに見えた。ペットだとしたら猫だな、なんて考えていると突然、飛雄はぱたりと後ろ向きにソファーにもたれかかって再び寝息を立てはじめる。時々もごもご何かを言っているけど何を言っているのかは全くわからない。

「…お疲れ様」

ふいにぐううと飛雄のお腹が鳴り、寝てるのに鳴るとか、と思わず笑ってしまった。…今日はどうしよう。材料なら多分あるし、カレーを作るのが、飛雄を満足させるのには手っ取り早いだろうか。
形の良い頭を軽く撫でてから、そっと立ち上がった。

mae ato
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