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ほんと久しぶりだね、と思ったことをとりあえず口にしてみる。だな、と、返ってきた言葉はたった二文字だったけれど、久しぶりに聴くその声は相変わらずわたしの耳に心地良く響いた。

みんなが騒いでいるのを遠い目で見ながら、二人並んで言葉を交わし始めてからまだあまり時間は経っていない。お互い口数がそこまで多くないところは昔から変わっていないようで、漂う沈黙すら懐かしい。





飛雄くんとわたしは高校時代、いわゆる恋人という間柄だった。大体二年間くらいだっただろうか。びっくりするほど短くて、幸せな時間だった。



高校卒業のその日まで、将来については、飛雄くんもわたしも何も言わなかった。お互いに多分その話題を避けていた。
飛雄くんがどうするつもりか、まわりの噂から知ってはいたけど、わたしは何も言えなかった。その話になったら、きっとなにかが終わってしまうという予感があったからだ。わたしと飛雄くんを繋ぐなにかが。


卒業式の後。帰り道、飛雄くんは、わたしの隣で、ぽつりと呟くように言った。

「バレーしに、東京に行く」
「……………うん」
「だから」
「…うん、」

そこからは声が震えて、視界がぼやけて、もうどうしようもなかった。
隣の飛雄くんはそれ以上なにも言わなかった。いっつも思ったことそのまんま言うくせにこういう時だけ気を遣うなんて、と笑ってしまいたかったけど、無理だった。迷った挙句差し出されたらしい大好きな手に、縋り付くようにして、家まで歩いた。


ーー恋愛と夢、どちらを取るかで迷うような人ではないのはわかっていた。もちろんそんなところだって好きだったから、わたしは別れをすぐ受け入れた。

飛雄くんのことは、大好きだって、そしてその気持ちだけは誰にも負けないって思ってはいたけど、自分たちがあまりにも若いこともよくわかっていた。無理につなぎとめていていい人なのかどうかもわからなかった。






あれから数年が経って。
同窓会ってことでみんなで会おうよ、と高校時代の友人たちから一昨日、突然連絡が来た。そして当日である今日、指定された店に入ったら、見知った顔の集団の中に飛雄くんがいた。
まさかの再会に固まるわたしたちの様子を見てわあっと盛り上がる一同に、はめられたと悟った。絶対会わせるつもりで誘ったのだ、わたしたちの別れ方もなにもかも知っているくせに。…いや、知っているからこそかもしれないけど。
そうして半ば無理やり二人並んで座らされてしまっては、お酒を飲む気にもなれなかった。というか酔ってしまえば周囲の思う壺だろう。

冷えたお茶で、緊張で渇いた喉を潤しながら、しばらく気まずいままでいた。そして徐々に酔っ払いたちの関心が別の話題にずれていく中、わたしたちはいま言葉を交わしている。数年ぶりに。

「…俺、今日たまたま、こっちに帰ってきてて」
「そうなんだ」
「おー。だからその、突然で…びっくりさせたよな」
「あはは、まあうん、びっくりはしたかな…でも、久しぶりに顔見れたから。良かった」
「…そーか」
「うん」

ちらりと隣を見たら、飛雄くんはわずかに微笑んでいた。その横顔は以前より大人びたものになっていて、内心すこしどきっとしてしまう。

部屋の隅で、二人隣り合わせの席で。でもあの頃とは違って、わたしたちの間には一定の距離があって。妙なもどかしさを抱えたまま、手探りでぎこちない会話は続く。

「飛雄くん、いま、どんな感じなの」
「?どんなって」
「あ、えと、バレー」
「ああ…まあ、なんか、わりとうまくやれてる。レギュラーも取れて」
「すごいじゃん」
「けどまだまだだ、すげえ人いっぱいだし…。その話とかしたらこの間、月島に、たまにはバレー以外のこと考えたらって言われた」
「あはは、月島くん、相変わらず」

それと飛雄くんも相変わらず、と付け足したら、そーか?と言いつつちょっと照れたような反応をみせた。その反応に頬を緩めてしまいながら、そういえば月島くんは飛雄くんと大学が近くなんだったっけ、と思い出す。

「つーか、なまえはどーなんだ?」
「わたし?」
「大学とか」
「んー…まあそれなりに、かなあ。最近はもう、バイトばっかりで」
「バイト」
「うん、ファミレスとかで…」

まわりの盛り上がりからはワンテンポ遅れて、たどたどしい会話を通しての近況報告。飛雄くんは基本真顔だけれどつまらなそうにすることもなく、会話してくれている。…わたしのどんな話でもまじめに聞いてくれていた、あの頃の飛雄くんのことを思い出して、ああ変わってないんだな、となんだか嬉しいような切ないような気分になった。

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飛雄くんによれば、バレーだけじゃなく大学もわりと楽しいし、先輩から引き継いだというバイトも順調とのことだった。むこうの生活にも慣れてきたらしい。
つづけて最近はわりと平和だと話す飛雄くんは、これまでいろいろあったのだろうなと推測させるようなちょっとつかれた顔をしていた。…わたしもちょこちょこ人づてに聞いてはいたのだ。追っかけのような女の人が存在していて、言い寄られる場面も少なくないこととか。

ときどき、そういう女の人たちのことや、わたしの知らない間の飛雄くんのことを会話を通して意識してしまって、何度かスムーズな会話をすることに失敗したものの、影山くんと話せていることを素直に嬉しく思えるようになってきた頃。「そろそろお開きなー」とどこかから声がかかった。

「もう終わりか」
「!…うん、」

いまの呟きは、ちょっとだけ残念そうな声色に聞こえた。…期待のしすぎなのだろうか、浮かれているせいだろうか。…でも。
それから立ち上がり店を出るまで、飛雄くんはわたしの隣にいた。あまりにも自然にそうしていたからすこし驚いた。周囲はもうできあがっている人ばかりで、わたしたちに構っている余裕はないらしい、冷やかしもほとんどない。そっとその場を離れると、飛雄くんもおなじようにしてついてきた。なにも言わないけれど、送ってくれるつもりなのかな、となんとなく気づく。

さっきまでとは違って、そこから会話はほとんどなかった。…言いたいことはあるけれど。でも、言っていいのかどうかがわからない。ただ困らせて終わってしまうんじゃ、と思わずにはいられない。隣の飛雄くんは、ちらりと見てもまっすぐ前を向いていて、何を考えているのかさっぱりわからない。

そうしているうちわたしの家に着いて、短く息を吐く。
…ここまでだ。やっぱり思い出話に花を咲かせるくらいに留めれば良かったのかもしれない。言いたいことを抱えて黙り込んでしまうよりは、

「なあ」

そこでふいにそう声をかけられて、隣を見上げて、気づく。

「なまえ」

帰路についてからはじめて目を合わせた。わたしを見つめる青い瞳は、どうしようもないくらいに優しいものだった。…この目をわたしは知っている。いやというほど。知っているなんてものじゃない、あの頃からこれまでずっと、忘れることなんて出来なかった。
思わず泣きそうになりながら、うん、と続きをうながす。

「…俺また近いうちに、こっち来るから。そのとき、言わせて欲しいことがある」

だからこれから連絡とってもいいか、なんて尋ねられて、断る理由なんてどこにもない。こくこくと迷わず頷くわたしに向けられる眼差しはやわらかい。…そこまでわたしも鈍くはないし、飛雄くんのこの表情からして何を言われるのかなんて大体察しはつくけれど、これからしばらくの間会えるのを楽しみにしていられるとは。なんてしあわせなことだろう。
…そしてどうやら飛雄くんは、嬉しいときに口元をむずむずさせる癖は治っていないらしい。思わずわたしが吹き出したのに対して、不思議そうに首を傾げていた。

mae ato
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