ぎろり、わたしに向いている二つの瞳。わたしはヘビに睨まれたカエルの気分で、じっと姿勢を正し座っていた。昼休みで騒がしい教室であるが、そんなことわたしには関係がない。前の席に腰掛けわたしの方を振り向いている状態の月島が、先ほどからずっと、ものすごい眼差しをわたしに向けているのだ。 シュガーレイズドアイロニー 「馬鹿じゃないの」 本日何度目か知れないその言葉に、思わずわたしは身をすくめた。ごめんなさいごめんなさいたのむからその顔ヤメテ怖い。 ため息混じりに月島は口を開いた。 「僕はさぁ。英語がわからないという君のためにさぁ。貴重な時間使って教えてあげているのにさぁ」 「はい…」 「信じられないレベルだよね。もうね」 「は、反省してます…」 「何回反省すれば気が済むの、進歩してないんだから意味ないじゃん」 うっ、痛いところをつかれた。そんなわたしの表情に気づいてさらに鋭くなる月島の目。ああもう怖いよどうしよう。山口くんどこ行ったの、ほんともうお願い助けてください。射すくめられたわたしに逃げ場はない。 ぴらり、と月島がプリントをつまんでわたしに見せた。4時間目の英語の、わたしの小テストだ。20点満点の小テスト、合格点は18点以上で、わたしの点数はというと9点。いや冗談とかじゃなくて。なんでこんな点数がとれるのか、わたしが知りたいくらいだ。 「前々回からずっと9点って、ねえ…。英語以外は出来るくせに、篠崎ほんとなんなの?奇跡的すぎるデショ」 「あい…」 「どうするつもりなの、これ」 「…えーっと、あの、うううん………」 出来ればまた月島に一から教えてもらいたい。月島はこれでもかなり頭がいいから、教えるのがすごく上手いのだ。自分で勉強すればいい、もしくは先生のところへ質問に行けばいい、とは思うけれど…でもやっぱりこう、前の席が優秀な頭の持ち主だとわかってしまった以上頼りたくなるのがわたしの性だ。 かくんと頭を下げて、精一杯の誠意をこめる。 「…お願いします。見放さないでください」 「…………」 「がんばる…がんばるから、お願い」 「…それ前にも聞いた」 「っ、うそじゃないのこれはうそじゃないの!」 「ふうんどうだか〜」 「し、信用してください!」 「ねぇそう言われると余計疑わしくなるんだけど」 「〜〜〜っ!」 冷静に腹立つ言葉を返してくる月島にむかついて、顔をばっと上げて睨みつけたけれど、返された冷ややかな眼差しに思わずひっと声が漏れる。がたがた震えて目をつぶっていると、ふとけらけら笑う月島の声が耳に入ってきた。 おそるおそる、閉じていた目を開けば、視界にはいったのはやたらと楽しそうに笑う月島。普段あまり見ないその顔に不覚にもきゅんときてじっと見入っていると、しばらくして月島は笑うのをやめた。 「なんでそんな見てんの」 「つ、月島もそんなふうに笑うんだなぁ、と」 「なにそれ僕を何だと思ってんの」 「いやぁ…」 てかなんで笑ったの、と聞けば「篠崎がヘンすぎて」という失礼極まりない回答。それを聞いたわたしの機嫌はもちろんよろしくない。よろしくないけれども、いまの月島相手に腹を立てても、こちらには大きな負い目があるので、無言でぶすくれるだけに留まる。すると月島は、はあ、とため息をついた。 「まあいいよ。教えてあげる」 「!?ほ、ほん、」 「…きみが頑張ってるのは知ってるし」 「????!」 全然結果に繋がってないケド、と月島はすぐに付け加えたけれど、わたしにはあまり聞こえていなかった。…月島がわたしのことを(一部だとしても)認めてくれていた、ということがどうにも嬉しい。心なしか頬が熱い気すらして、慌てて両手で頬を覆った。月島はへんな顔でこちらを見てくる。なんでこっち見んのやめて、と言おうとしたところで、 「ツッキー!ちょっと来て来て!」 突然山口くんの声がした。見れば教室前方の扉のところでこちらに手を振っている。月島は、なに、と呟くように言って立ち上がった。わたしが月島の視線から逃れられたことに胸を撫で下ろしていると、向こうへ歩きだす直前、月島は「あっただし、つぎ合格出来なかったらなんか奢ってね」といつものにくたらしい笑顔でさらりと言ってのけた。完全にばかにされたのがわかった。 「わかったよ!」 むっとしてそう言えば、月島が背中で笑っているのがわかる。どこまでもイヤミな奴。だけどはじめて見たどこか可愛らしくもある笑顔と、さっきの言葉を思い出すとなぜか心臓の音がうるさくなってきて、どうしようもなくなってとりあえず机にぱたんと倒れた。 title:コランダム さま back |