お菓子をください。 朝、教室に入るなり、隣の席のやつにそう言われた。意味がわからず首を傾げた俺に、篠崎は続けて「ほら、日付見て」と言った。目が笑っている。 「10月31日…?」 「今日は何の日?」 「何の日って…ああ」 ハロウィン、と閃いたと同時に、篠崎の言っていた意味がわかった。これに乗じて人からお菓子をもらおうということなのだろう。 俺が理解したとわかったらしく、にっと笑顔を見せ、篠崎はもう一度お菓子を要求してきた。はあとひとつため息をついたのち、カバンをとりあえずおろす。 「…持ってねえよ」 「!?」 「なんで驚いてんだよ」 「影山なら持ってそーだなーって思ってた…」 「それ特に根拠ないんだろ、ボゲが」 「ボゲって言うなっ」 しばらくすると篠崎は席を離れて友人たちのもとへ向かった。その長い髪の毛が揺れ、それにひかれるようにして俺はその後ろ姿を何気なく見つめた。 ハロウィン。お菓子、仮装、いたずら、かぼちゃのランプ。たしかに篠崎が好きそうにも思えた。あいつにはなんかガキっぽいところがあるから…なんてバカにしたような気分になるはずだったのに、俺はなんとなくほわりとした何かが自分の中で唐突にうまれたのを感じた。ふわふわした知らない感覚。俺は最近よく、この感覚に襲われる。でも理由がわからない。 今だって、篠崎が好きそうだよな、と思っただけだったのに。…これは一体何だろう。 : : 朝、眠そうな瞳をして登校してきた影山にお菓子をせがんでみたところ、軽くあしらわれてしまった。わかってはいたものの、ちょっと残念だった。 「トリックオアトリート〜」 「え、なに」 「お菓子お菓子」 「あ、今日ハロウィンか!」 友達はみんな、なんだかんだいってアメだのチョコだのちいさなお菓子をあれこれ持っている。わたしがそれらを上機嫌でもらって回り、朝のHR直前に滑り込むようにして席につくと、隣の影山と目があった。どきっとして一瞬固まったわたしの手にその視線が移る。いろいろなお菓子を持っているのを見て、驚いた顔をされた。 「お前すげぇな…まだ朝だぞ」 「わたし今日は本気だからね」 「それは見りゃわかる」 「影山はお菓子くれてないから、あとでイタズラね」 「は」 そこで先生が入ってきて、会話は中断された。ちらりと横目で見れば、影山は真顔を保とうとしているものの若干の焦りが見て取れる。こいつはイタズラとして何をする気なのか、とか考えを巡らせているのだろう。なんだかちょっと気分がよくて、わたしは声を出さずに笑った。 HRが終わるなり、影山はすぐにこちらに体を向けた。わたしも同じようにして、椅子に横向きに座る。未だに笑みを浮かべるわたしに、影山は恐る恐る「イタズラって何だ」と尋ねてきた。 「さあ…?ただあれだよ、休み時間と昼休みは寝てちゃだめだよ。間違いなく描いちゃうよ、顔に」 「…!!」 もちろん冗談だ、顔にラクガキなんてそんな子供みたいなことわたしはしない。ハロウィン満喫してるやつが言えたことじゃないかもしれないけれどそれとこれとは別だ、ラクガキは影山がさすがにかわいそう。というか多分笑いすぎてわたしはしばらくマトモに話せなくなる。 ーーーそんなふうにわたしが思ってることも知らずに、結局影山は、わたしの知る限りはじめて1日まるまる起きていた。わたしからのイタズラを警戒して。影山に怖がられていることに若干優越感を感じると同時に、ちょっと複雑な気分にもなったけれど、この際別にいい。 というのも影山と、休み時間も昼休みも、いつもよりずっとたくさん話ができたからだ。加えて、いくつかお菓子をわけてあげたら素直に嬉しそうな顔をしてくれたりもして。それだけでもう他のことなんてどうでもよくなってしまう、単純なわたしなのだった。 back |