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はねにしのばせているなんて の続き





悔しい。
…ひかりと顔をあわせるたびに思う。
だってそうだろう、ひかりは、人の家に部屋着で突然訪問してきてマンガ読んでだらだらして俺と喋って、そんで人のしていることを全力で邪魔してくるようなやつだ。それもめちゃくちゃ楽しそうに、完全に自分のペースと気分で。何より、ふわふわして可愛くて女子力のかたまりみたいな俺の思い描く理想の女子とは全くもって異なる。
それなのに俺は、そんな幼馴染のことを特別な目で見てしまっている。世の中には他にも女子はたくさんいるのに、よりによってひかりなのだ。これを悔しいと思わないでどうしろと。



「堅治、バレーしようっ」
「俺は今何をしているでしょう」
「週末の課題に追われてるね」
「わかってんなら邪魔すんなよ!」
「でもほら、ね、バレーしようってば」

何が「ね」なのか分からない。
ベッドでごろごろマンガを読んでいたはずのひかりは、いつのまにか立ち上がってそばに寄ってきていた。

「てか、なんでバレーなんだよ」
「ものすごくなんとなく」
「わぁさすがー、お前らしいなー」
「ちょ、棒読みやめてよ!…ねえ、やろうよバレー。堅治も好きじゃんバレー」
「それとこれとは話が違うだろ」
「違わないってば、ほらほら」
「…………」

察するに、ひかりは俺の部屋に持ち込んだマンガを全て読み切ってしまったのだろう、たぶん。その顔には思いきり、ヒマなのだと書いてあるように見えた。
今日は珍しく静かで、絡んでこないと思っていたらこれである。俺もひかりの暇潰しの方法のひとつなのではないかとはたと思いついて、考えなかったことにした。


こうしたときに折れるのはいつも俺の方で、ひかりはそのたびやけに上機嫌になる。
渋々立ち上がった俺を見るなりすみにあったバレーボールを掴み、「外行こうよ外!」と笑顔で部屋を出て行ったその後ろ姿を見ていたらなんだかもういいかななんて思ってしまうのだから怖い。ひかりの謎の力か何かなんだと思う。…いやこれ割と本気で。



**



部屋の窓からはオレンジ色の光が差し込んできていた。もう夕方だ。そしてすぐに、外は暗くなってしまうだろう。帰りは送ってやることになるかもしれない。

「やっぱバレーは無理…」
「わかってんなら誘って来んなよな」
「だってあれから数ヶ月経ってるじゃん、多少うまくなってるかもって思うじゃん」
「ぷ、そういうとこがあれだよな、ひかりの単純なとこだよな」
「はー?!」
「バレーなめすぎだっつの」
「…それは認めます」

思っていたよりわりと長く、近くの公園でバレーをしてきた(といってももはやキャッチボールみたいな感じだったけど)わけだが、相変わらずひかりはボールの扱いがド下手だった。バレー初心者にしても下手すぎる。こいつ、足はかなりはやいのに球技系はまったくダメなのだ。たぶんなんかその手の才能が全然ないんだと思う。
にも関わらず定期的に俺にバレーをしようと誘ってくるのが、ひかりのよくわからないところである。ばかにしたらしたで怒ってくるから、何がしたいのかさっぱりだ。
でも本人は満足したようで、ふー!と楽しげな声をあげて俺の部屋に入っていった。

喉が渇いていたので、冷蔵庫からペットボトルを取り、遅れて部屋に戻ると、ひかりは床に体育座りしてベッドに背中を預け、いままさに眠りについたところといった様子だった。思わず言葉を失う。

「は、ウソだろ…」

確かにそんな予感はあったものの、まさかその通りのことをしてくるとは思わなかった。何てことだ。
以前こうして、気づいたらひかりが部屋のすみで眠っていたことがあって、いろいろと大変だったのである。なんというか、部屋にひかりがいることをやけに意識してしまって、どうすればいいか本気で迷った。
…だからこの状況は非常によくない。まだ起きていてくれたほうが、無駄なことを考えなくてすむというのに。

「お前なぁ…」

バレーをして疲れたのか何なのか知らないが、ひかりは体を丸めてすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。俺の声には当然、応えない。
ペットボトルをベッドにぽんと投げ、なんとなくそばに寄りしゃがんでみる。…こうして見るとやはり女子。いやいつも女子だとは思ってんだけど、寝顔を見ていたらやっぱりあの頃みたいな小さいひかりじゃないんだなって感じがした。なんかうまく言えないけど。漂う淡いシャンプーの香りのせいもあるのかもしれない。
もし俺がこいつの彼氏だったら、こうして気持ちよさそうに寝ているひかりに触れられないもどかしさなんて感じることはないんだろうな、とそこでふと思った。でもすぐにそんな思いつきは振り払う。こんなの何度も考えてきたことで、でも結局俺は何の行動も起こせずに今に至っている。
高2になっても彼女をつくることなく、ただ休日をひかりと適当に過ごして…でももうなんか、それでいい。そうだ、その通り。たまに今みたく気持ちが溢れそうになることはあるけど、そんなの見ないふりすればいい。
まあ情けない話、告白などしてこの関係を壊してしまうことになるのがひどく怖いというのが根本にあるのだ。

俺は悩んだ末に、ぽんとひかりの頭を撫でるだけに留めておくことにした。思ったよりさらさらしていた髪が指に触れて、ついいじってしまいたくなるのをぐっと堪える。慌ててぱっと立ち上がり、寝ているひかりをそのままに、俺はベッドに置かれたひかりの持ち込んだマンガの1冊を手に取った。課題なんて手につかない気しかしなかった。
そして熟睡している幼馴染を起こさないように、そっとベッドに横になってマンガを開く。…多少なりとも気を紛らわせてくれるくらい、面白いやつでありますように。このときの俺には、そんな風に思うことくらいしか、出来ることはなかった。

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