第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


「堅治、私いまとてもヒマ…」
「俺は暇じゃないからとても帰って欲しいんだけど」
「なんかして遊ぼうよ。もうこの際ウノとかでもいいからさ、ね」
「やらないって」
「あ、そうだ!ポテチ持ってきたからさ、これ食べようよ」
「だからお前聞けよ、人の話を!」

暇じゃねえっつってんだろ、と私に言いながらも堅治は渋々こちらへ顔を向けてくれる。最終的にはいつも折れてくれるのだ。それがわかっているから、私もここでは好き勝手やれる。
堅治の部屋のすみっこでマンガ片手に、私は改めてこの場所の居心地のよさを感じていた。


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幼稚園が同じ、小学校では6年中4年同じクラスという謎の縁があった私と堅治は、いわゆる幼馴染というやつである。チャリを2分ほど漕げば着くくらいの距離に家がある。
だから私たちはそれぞれ別々の中学、高校へと進んだものの、わりと高い頻度で顔を合わせていた。私がこうして、突然堅治の部屋へ突撃するのが主なんだけど。
伊達工業高校に通う彼は、バレー部の主将として今まさに、動きはじめたばかりである。
現在もなにやら部活のことで悩んでいるらしく、堅治は一枚のプリントとにらみ合いをしていたところだった。


堅治がお皿を持ってきて、その中にざあっとポテチの袋の中身を広げる。コップを手渡されたので二人分のジュースも注ぐと、堅治は何となく観念したように、小さなテーブルを挟んで私と向かい合って座った。

しばらく何か話すでもなくポテチを食べていると、堅治がふいにひとつため息を零した。

「なに、どーかしたの」
「俺も大概だなって」
「は?」
「せっかくの休日なのに、部屋着で突然やってきた幼馴染とポテチ食ってる…」
「おいしいじゃんポテチ」
「…そーいうことじゃねーんだよー」
「???」

堅治は今日、ゆるいジャージ姿である。というか今日に限らずいつもこうだ。ひとのこと言えないと思うんだけど。
あーーー、と声をあげながら堅治がその大きな体をしゅううと折り曲げ、テーブルに顎だけ載せた。なんだかひと回りもふた回りもちいさくなったように見える。さらさらした淡い茶髪が揺れた。
疑問符を浮かべていた私に、その体勢のままの堅治から何かを訴えかけてくるような眼差しが向けられて、その必死な様子に思わず私はぷっと吹き出した。堅治は見るからにむかっとした顔をする。

「んだよ。…つーかひかりさぁ、まだ彼氏出来ねーの」
「まだって何」
「だって俺のとこより男女比マトモだろ?さすがに相手見つかるだろ」
「そんなことないと思うけど…ていうか、最近会うたびそれを聞いてくるのは何なの?」
「んー。まあなんかほら、華の女子高校生のはずなのに彼氏も出来ずにここに来てるのが、可哀想だからさぁ」

にや、と堅治は笑った。見慣れた笑顔だけどやっぱり腹がたつのには変わりない。
堅治はさっきまでとは打って変わって楽しそうである。何だこいつ、自分のことは棚に上げといて私をからかうことにしたのか。
人をいじるときに、堅治はやけにいきいきする。それは昔から変わらないところだ。

「私堅治ほどがっついてないからね。いずれ出来るの、いずれ」
「いや俺も別にがっついてない」
「え、嘘だ!」
「?!嘘じゃねーし!」

不本意だという顔でそう言われたので、私は思わず「そうなんだ?」と頷く。すると、そうだよ、仕方なくだけど!とやけに不服そうに返してきた。仕方なくがっつかないってどういうことだ、とは思うけどもう放っておくことにした。堅治はたまによくわからない。

「はあ…ほんと俺もう大概だ……このままじゃ高校生活まるまる棒に振る…」
「あ、そうだ、私の友達が言ってたんだけど」
「お前ほんと唐突すぎる」
「いま思い出したの。ちょっとこれはね、大事な話だよ」
「ああそうデスカ」

唇を尖らせて、どうでもいいという雰囲気をこれでもかというくらいに醸し出した堅治だったけれど、しばらくじっとその顔を見つめていたら仕方なさそうに聞く態勢になってくれた。…よし。それを確認してから私は、これまでにないくらいの笑顔を浮かべた。

「あのね、私の友達が、堅治のことかっこいいって言ってたよ!紹介してって!」
「げほっ、…、〜〜ッッ」

とびきりの朗報。のつもりが、言うなり、堅治はむせた。持っていたコップをテーブルに置き、ごほごほと咳き込む。そして涙目のままこちらを見た。

「お前、なぁぁぁ」
「え、なに、ていうか大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇよ!」
「んー、喜んでくれるとおもってたんだけど」
「喜ぶか!」

ふとしたきっかけで堅治の写メを見せたら、かっこいいかっこいいって言っていたのに。あの子すごい可愛いし、堅治も飛びついてくるかと思ったのに。しかし堅治は、その友達の写真すら見ようとはしなかった。…なんだかがっかりしてしまう。友達と幼馴染の恋のキューピッド的な役割とか、やってみたかったんだけどなあ。マンガによくありそうなやつ。
そんなことを私が考えているうちに、堅治は喜ぶどころか、だんだん不機嫌になってきたようだった。さすがに私も慌てた。

「いやだってなんか、高校生活棒に振るだの何だの、さっき言ってたじゃん?彼女が欲しいってことじゃなかったの」
「あれは別の話なんだよ。そして俺はがっついてないって言ったろ」
「…あ、そっか」
「馬鹿」
「堅治よりは馬鹿じゃない」
「あーもううっせえなあー」

そのまま堅治は後ろに倒れた。うめきながら。…なんだか私はいらないことを言ってしまったみたいだ。この状態の堅治を紹介するわけにもいかないし、友達には適当な理由をつけて謝っておくことにしよう。

「堅治、なんかごめんね?」
「……別にいーけど」
「てか身長どんどん伸びてるくせに、その拗ね方全然変わんないね」
「お前謝るつもりないだろ」

堅治はそれきり黙ってしまって、私もどうしようか迷った挙句またポテチに手を伸ばした。ぱりぱりと私がポテチを食べる音と、かすかに時計の針が動く音だけがする時間がしばらく続く。
別に無音になるのは珍しいことでもないのでさほど気にせずにいたら、堅治が倒れた状態のまま、ふいに「ひかりはどう思うわけ」と呟くように言った。

「は?」
「俺のこと」
「堅治のこと?をどう思うか?」
「そう。その友達は、かっこいいって言ったんだろ。ひかりは?」

それはどういう意味での質問なのだろう。どう思うか?堅治を?今更そんなことを聞く?
幼馴染、と答えようとしたけれどさすがにそんな答えを求めて質問したわけではないんだろうな、と思って、声に出す寸前に口をぱっと閉じた。うーん。案外難しい。

「なんだろ。でかい」
「………………」
「あれ怒った?」
「当たり前だろ!」

二口堅治という幼馴染。友達だけでなく、たぶん女子全般からかっこいいと言われる部類の人物だとは思うんだけど、私の中ではなんかそんな感じの人ではなかった。いっつもだらだら私と無駄な時間を過ごしてくれる、もう近くにいないことの想像がつかない…うーん。何と言えばいいのか。
しばらくじっと考え込んでみたものの、私はやがて答えを出すことを諦めた。

「よくわからない」
「もういいお前帰れ」
「なんで!」

完全に機嫌を悪くしてしまったらしい、堅治は起き上がるとむすっとした顔で私を睨むように見た。しかしどこか幼いというか、昔の面影を残している表情のために、私はぷっと笑ってしまう。
堅治は最近言動がよくわからないときがあるし、なんだか垢抜けたようにも思えるけど、基本的にはあの頃のままだ。小さくて可愛かったあの頃のまま。


ーーーそんな考えがまるっきり間違っていただなんて、このときの私が知るはずもなかった。

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