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振られた、ずっとすきだった先輩から。
約一年の片想いの末に、やっと告白までこぎつけて。それで振られた。髪型をいじってみたり、体重を気にしたり、すこし化粧をしてみたりといろんなことを試して、好きになってもらえるよう自分としてはかなり努力したつもりだったけど、ダメだった。好きな人がいるから、といとも簡単に告げられてしまった。
昨日の夜は、覚悟していたよりは楽に平静を保っていられたけど、それでもやっぱり辛かった。すっきり振られたことに対する清々しさはたしかにあったけれど、この一年で大きく膨らんでいた気持ちが報われなかったことが、何より悲しくてたまらなかった。


何かが抜け落ちたみたいな感覚を抱えたまま、一日を終える。今日一日、友人達はみな、告白についてはかける言葉が見つからないのか当たり障りのない話題しか振ってこなかった。でも今はそれがありがたくもあって、私も喜んで他愛ない話に花を咲かせていた。普段よりずっと元気な私の様子に、みんなほっとしたような顔をしていた。
けれど。帰宅して一人になったら、だめだった。一気に言いようのない寂しさみたいなものに襲われて、ふうとひとつ息を吐いて、着替えもせずにベッドに倒れこむ。ああああ、このまま布団になれたらなぁ。ふわふわして気持ちがよくて、何も無駄なことを考えないでいられそうだ。
目を閉じ、もうこのまま眠りについてしまおうかと考えた。これじゃ制服しわくちゃになるし、まずご飯食べてないしお風呂入ってないし、明日の朝が散々なことになりそうな気がしたけど、もういいや。投げやりな気分になる。
しかし眠気は、いつまで経っても訪れなかった。
どれくらい経ったあとだったか、ふいに部屋のドアが控えめにがちゃりと開かれた音が耳に入った。ゆっくりと顔をあげ、私はぱちぱちと目を瞬いた。

「…ひかり」
「え、研磨」

がば、と起き上がり驚く私に構うことなく、部活終わりらしい研磨はジャージ姿で部屋の中へ入ってきて、すとんと適当な場所に座った。そしてぐちゃぐちゃになった毛布の中に埋もれる私に、特に何も言葉をかけることもなくゲームを始める。ピコーンピコーン、とどこか間の抜けた音が部屋に小さく響いた。

(…なにしに、来たんだろう)

いわゆるご近所さんである研磨が、こうしてここへ遊びに来ることは昔はよくあった。でも最近は全然だ。まず教室で、避けているわけではないけどあんまり話もしてない。
それなのになんで突然、久々にここへ遊びに来たのだろうか。見る限り大した用件はなさそうというか、ゲームしてるだけなんだけど。

ふと部屋の外から、「晩御飯もうすぐだからー」なんて、お母さんのどこか弾んだ声が聞こえてきた。ということはたぶん研磨も今日はご飯を一緒に食べていくことになるんだろう。…最後に研磨と一緒にご飯を食べたのは半年以上前だ。
久々に研磨が遊びに来たことに喜ぶお母さんとは違い、私は混乱しかしていない。よりによって今日、研磨が現れるとは思ってもみなかったのだ。

それからしばらくしても、私はどう行動したらいいかわからないままだった。研磨は一切こちらを見ることなくゲーム機をいじる。その目は真剣で、ああこれ本気でゲームに熱中してるんだなということはよくわかった。わかったけど、なんで来たのかという最大の疑問は解決しないままだ。

「ご飯できたよー」

今日はもう、食べないつもりだった。昨日の夜からあまり食欲もない。
けれど、そのお母さんの声にふっと顔を上げた研磨が、ゲーム機を置いて立ち上がった。そして私を見る。

「行こ」
「…う、ん」

どこか研磨には、有無を言わさない雰囲気があった。渋々頷いてベッドを降りると、研磨が先に立って部屋を出て行った。その後ろ姿を見て、身長が伸びているのに気づいてちょっと驚いた。

**

お母さんは楽しそうだった。いつもは人見知りして警戒しまくりな目で人と接する研磨だけど、うちにいるときはちょっとだけくつろいでいるのがわかる。その感じがなんだか懐かしかった。

なんとかご飯は食べ終えた。私は手早く歯磨きをして着替えを済ませ、部屋に戻る。すると研磨はまたゲーム機を手に床に座り込んでいた。
ベッドの端に腰掛ける。すると研磨は私に、そっと視線を向けてきた。

「…ひかりさ」
「うん?」
「何か、あったの」
「……。うん」
「ふうん」

私は研磨とは二年クラスが同じだけど、先輩のことは高一の頃にちょこっと話をして、それっきりだった。幼なじみだからって恋の相談をする気にはならなかったし、その頃から研磨とはちょっと距離が開いていたからだ。…なんというか、男女の違いを意識するようになったというか。たしか中学の頃から、だんだん研磨とは関わることが少なくなっていったような気がする。女子の友達と話をして盛り上がって、なんていうほうが、楽しかったのもあるし。
とにかくそういうわけだから、研磨は、私が振られたことを知らない。知らないけど、何かあったことを察した、ということなのだろう。
私からゲーム機へと視線を移した研磨は、カチカチ、カチカチ、と手を小刻みに動かしていく。
そして呟くように、続けた。

「ひかりは、わかりやすいから、見ててわかる」
「…?」
「今日が一番元気なかった」

ゲーム機から一瞬顔をあげ、研磨は私を見た。目があって、慌てたように逸らされる。

「だから、久々に、来たの?」
「………」
「…ゲームしてるばっかだけど」
「それは……仕方ないと思って欲しい、かな」
「うん」

ふふっと笑うと、研磨もわずかに笑みを浮かべたのがわかった。ぽつりぽつりと交わされる会話に、友達と話すときのわいわいしたものとはまた違う居心地のよさを感じて、「私、振られたんだよね。先輩に」と思いのほかするりとそう言えた。
研磨はちょっとだけ驚いたように目を見開いたけれど、すぐにふうんと頷いてみせた。深くあれこれ聞いてこようとはしないのが研磨らしい。

「だから、だよ」
「…そう」

研磨はそれきり黙ってしまった。ゲーム機から小さな音が聞こえる以外、何も物音のしない部屋で、ふっと私の頭が揺れた。…あ、眠い。うつらうつらと、心地よい眠気におそわれ始めたのを感じた。

「…研磨」
「なに?」
「ありがとう」
「……うん」

だいぶ黒髪の混じるようになった金髪が揺れる。隙間から覗く瞳は、ひどく優しい色をしていた。

「ひかりの家、相変わらずだね」
「?」
「また、来るから。…いい?」

ちょっとだけ不安げに尋ねられた。そこでなんとなく、研磨があまりうちに来なくなったのは、研磨なりに気を遣ったからなのかな、とふと思った。もちろん、昔ほどの仲の良さじゃなくなったというのもあるのだろう。ーーーでも、気のせいかもしれないけど、そういえば、私の家に研磨が遊びに来なくなったのは、私が先輩の話をしてからだったような気もする。いろいろ気にしてくれていたんじゃないか、という考えは、案外あたっているかもしれない。
頷いた私に、研磨はほっとした表情をのぞかせた。そして再びゲーム機に向き合う。

「寝てていいよ」
「え?」
「俺、適当な時間で帰るから。…べつに見送りはいらないし」

だから寝てていいよ、と言う研磨の声色は、驚くほどあたたかい。素直に「わかった」と返して、私はゆっくりベッドに横になった。毛布をかぶる。幼なじみとの間に知らないうちに出来ていた隙間が、この数時間でじわじわと埋まってきているように思えた。
眠れなかった昨日の夜や、今日帰ってきたあととは違い、ぐっすり眠れる気しかしない。電気はつけっぱなしだけれど、あまり気にはならなかった。

「…おやすみ」

そう言って目を閉じる。遠のく意識の中、おやすみ、という声が返ってきたのがわかった。しかし研磨が、その後に付け加えた言葉が何なのか、聞き取れないまま私は眠りについた。


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