パァン!
「一本!椎名!」
「ありがとうございました」
剣道部の朝練を終えてあたしは、いつも通り大好きな彼氏がいる教室へ向かった。あたしの彼氏は可愛いんだけど超かっこよくて、一言で言えば大魔王。
「亮介、おっはよー!」
「おはよ遊夜、今日も元気だね」
大好きな薄ピンク色の頭をしている彼氏を見つけ、思わず飛びついた。
お互い朝練を終えた後なので、ちょっと汗くさい。
「元気があれば何でもできる!」
「似てないよ」
「…うるさいなぁ」
部活も恋愛も充実して、あたしの生活は完璧のように
見えた。
昼休み、あたしが一人で購買に走っている時に突然声をかけられる。
「椎名さん、ちょっといい?」
「話があるんだけど」
「…はぁ」
またか。亮介と付き合うようになってから、毎日のように女の子からのお呼び出し。よく懲りないなぁと思う。
何回あんた達と話をしても、あたしの答えが変わることはない。
「いつ別れんの?」
階段裏に連れて行かれて、3対1でにじり寄られる。
「何して小湊くん脅してんの」
「釣り合ってると思ってる?」
「…… 」
何とか言いなさいよ!と言って、ケバい女の子はあたしの肩を思いっきり押して壁に叩きつけた。
「…ってぇな」
黙っていたあたしが口を開くと、女達が少したじろぐ。
「あんた…ムカつくのよ!」
頭に血がのぼったのか、一人が手を振り上げた。
自分に向かってとんできた平手を、あたしはひょいとよける。
「な…っ」
「何度も言うけどあたしは亮介と別れないよ?それにあんた達にボコされるほどやわくないから」
じゃあね、と言い残してその場を後にした。こんな時くらいは、剣道部で鍛えている自分の反射神経に感謝する。
「はぁ…」
正直疲れる。これだけ言ってもあの女の子達はまた懲りずにやって来るはずだから。
この事、亮介知ってんのかな?あいつ知らない事なんかなさそうだけど。
知らなかったらいいな。亮介の邪魔になりたくない。
「オイ、椎名」
「えっ、あ、伊佐敷」
急にクラスメートの伊佐敷が目の前に現れてあたしは驚いた。
「お前、今のよ」
「見ちゃった?」
「…大丈夫か?」
冗談まじりに笑って言うと、真剣に心配された。やだな、そんな顔されると泣きたくなるじゃんか。
「全然平気!ありがとね」
「亮介に言わなくていいのか?」
「…絶対言わないでね?」
「でもよ、」
「亮介だけには言っちゃ嫌!」
カッとなって思わず叫ぶと、伊佐敷は眉を下げた。
そんな顔、しないでってば…
「あたし…勝手だけど、亮介にはバレてほしくないの、絶対」
「悪かった、もう言わねぇ」
言葉の真意が分かったのか、伊佐敷は納得したようにあたしの頭をポンポンと軽く叩いた。涙が出そうになるのを必死に堪える。
「お前は全然勝手じゃねぇよ」
「…ありがと」
ごめん、あたしは勝手だよ。こんな風にされてるのを亮介に言えないのは、迷惑をかけたくないっていうのももちろんあるけど、それよりももっと一番の理由があるんだから。
放課後の部活を終えすっかり暗くなった中、帰路につこうと校門をくぐる。片手には正鞄、肩には竹刀。
我ながら女の子らしくないな、と苦笑した。
「ねぇ、何してんの?」
「…え」
いつもの女の子ではなく、それよりももっとごつい…不良みたいな男達に取り囲まれた。しかも5人、これはちょっとやばい。
「…何、あんたら誰」
「ここの生徒のお友達、かな」
タチ悪い。絶対あの女達が連れてきたんじゃん。
幸いここは校門前、すぐ隣にはグラウンド。名前を呼んだらきっと亮介が出てきてくれる。
でもそんな事できない。亮介が怪我して野球できなくなるなんてあたしには耐えられない。
それにあたしは、そんなに女の子らしくない。
「大人しくしててよ」
「…嫌って言ったら?」
「そん時は実力行使かな」
ニヤッと笑う男達は気味が悪い。あたしは肩にかけられた竹刀を抜いた。
「…手加減できないから、頼むから死なないでね?」
そう言って今度はあたしが笑った。
「…終わった」
竹刀をしまい、息をつく。
全員面打ち食らわせて気絶させちゃったけど、死んでないよね?生きてることを願おう。
「過剰防衛で捕まりませんよーに」
「…遊夜?」
手を合わせて願っていると、突然後ろから声をかけられた。
「亮介…何でここに?」
「グラウンドから、遊夜が見えたから」
走ってきたのか、亮介は軽く息を切らしていた。
「心配かけてごめ…」
「何してんの」
「え?」
「何ですぐ俺を呼ばないの」
いつもニコニコしている亮介が笑ってない、きっと、本気で怒らせた。
「俺、遊夜の何なの?彼氏じゃないの?」
本気で、心配させた。
「ごめん…」
「知ってたよ」
「え」
「遊夜が俺のファンに嫌がらせされてること、ほんとは知ってた」
「……」
やっぱり。亮介が知らないはずないよね、分かってたよ。
「でも遊夜に問い正すなんてできなかった。俺…」
「りょ、亮介、言わないで」
「言わせて、俺ね」
「やだ、あたし、」
「「別れたくない」」
あたしと亮介の言葉は重なった。
「……え?」
「遊夜、同じ事思ってたの?」
「だって、亮介にあたしいじめられてるの、なんて言ったら絶対亮介カッコつけて俺のせいとか言って別れるし」
「カッコつけてって何」
思わず出た言葉に亮介はあたしの頭をグリグリした。痛い。
「俺は、遊夜にいじめられてるんでしょって問い正したら、ごめんねって振られるんだと思ってた」
「…だから言わなかったの?」
「遊夜が辛いの知ってたのに、遊夜と別れるのが何より怖かった」
ごめんね、と亮介は言った。あたしはううんと首を振った。
「あたしも、おんなじ」
「そうなの?」
「亮介と別れることが何より怖かった」
それから二人で目を合わせて、笑った。
「遊夜が強いのは知ってるけど、俺にも遊夜のこと守らせてよ」
「…うん、守ってね!」
亮介はニコッと笑うと、あたしにキスをした。
(ねぇ純聞いて、あれから嫌がらせとか呼び出し全くなくなったんだけど)
(あ?良かったじゃねーか)
(亮介が何したか知ってる?)
(…いや…し、しらね…)
(純?言ったらどうなるか分かってるよね?)
(げっ亮介!)