それは運命なんかじゃない、きっとただの偶然でしかなかった。
がこん、
大袈裟な音をたてて自販機の取り出し口に落ちてきたペットボトル。
手に取るとそれは有名な某メーカーのストレートティーで、あたしは思わず顔を強張らせた。
「うそ、まちがえた…」
その日はたまたま、野球部のキャプテンが憧れだと言う友人に練習見学に付き合わされていた。
結城先輩かっこいーおとこまえーさいこーだいすきー!!
なんて、きゃーきゃー叫んでて、割と周囲もそんなんばっかでついていけない。
そんな中、あたしはクラスメイトの倉持と御幸を見つけて、教室での様子との違いに愕然とした。
いつもバカみたいなくせに、と何だか悔しくなって気晴らしに来たと言うのに、
「ミルクティーがよかった…」
呟くと隣でまた、がこん、と音が聞こえて思わず振り向いた。
野球部のユニフォームを着た少し小柄な男の人があたしの欲しかったミルクティーを買っている。
いいな、と思ってじっと見つめていると、その人はこちらに向かって持っているペットボトルを差し出して来た。
「ん、」
「え?」
「これがいいんでしょ」
「あれ、何で知って…」
「でかい独り言だったからね」
「う、」
「俺別にミルクティーいらないんだけど、そっちがいい」
「そっちって、このストレートティーですか?」
「そう、交換しようよ」
「交換……」
「それなら文句ないでしょ」
ずい、と更に深くあたしに向けられるミルクティーを受け取って、代わりにストレートティーを渡した。
「あの、ありがとうございます」
「いいよ別に、このくらい」
「名前聞いてもいいですか?」
「小湊亮介、野球部三年」
「えっ!!」
うそ、三年生なんだ。てっきり一年か二年かと思ってた。
「何驚いてんの」
「せ、先輩だと思ってませんでしたごめんなさい!」
「敬語だったじゃん」
「や、知らない人だから…」
「ふ、何それ」
クスクス笑い出した小湊先輩。その笑顔がかっこよくて、ちょっとだけ胸が高なった。
「君、二年生だよね?」
「あ、はい」
「よろしくね、遊夜ちゃん」
「よろしくお願いしま…あれ、名前…」
「さっき練習見に来てたでしょ、倉持と御幸が遊夜来てる珍しーって騒いでた」
「あぁ…クラスメイトなんです」
「どっちかの彼女?」
「は!?」
「あれ図星?」
「全然ちがいます!」
「じゃあどっちか好きなの?」
「いやいやいや!」
「そっか良かった」
「よか…」
よか、良かった?何それ、どういう意味?
小湊先輩は気付いたらストレートティーを全部飲み干していた。空になったペットボトルをごみ箱に投げ捨てる。
「みんながキャーキャー騒いでる中で、眉つりあげてこっち睨んできてた遊夜ちゃん、浮いてたよー」
「別に睨んでた訳じゃ…」
「でも何か興味湧いたんだよね、俺」
「…どういう意味ですか?」
「さぁ、どうだろうね」
「小湊先輩って変わってますね」
「普通より良いんじゃない」
「…そうですね」
「好きになってくれてもいいよ?」
「な、りません!」
「責任とってあげるからさ」
「なりませんってば!」
クスクス笑いながら、じゃあ休憩終わりだから行くね、と言って小湊先輩は立ち上がった。
「あ、小湊せんぱ」
「亮介」
「へ」
「あと先輩呼び禁止ね」
「ちょ、」
「それで呼ぶこと、わかった?」
「いや、あの」
「じゃあね遊夜ちゃん」
二度呼び止めることもできず、小湊先輩…否、亮介くんはグラウンドへ帰って行った。
甘い甘い、ミルクティーを残して。