携帯が鳴った。

面倒くさかったけど画面を開くと、御幸くんからメールが一件。



『落ち着いたらでいいから話したい。連絡待ってる』



短い、文章。


泣き止んだあたしの顔はすっかり元に戻っていて、部屋の窓から外に目をやると暗くなっていた。


このまま家にいてもラチがあかない。

あたしは御幸くんに待ち合わせ場所だけ記したメールを送り、もう一度部屋を飛び出した。









「ごめん、お待たせ!」

「…早いね御幸くん、びっくりした」

「メール返ってくると思ってなかったから、慌てて用意して走ってきた」

「ゆっくりで良かったのに」

「そんな訳にはいかないでしょ」


やって来た店員さんに御幸くんはコーヒーを頼んでから、あたしに向き直る。



「ごめん」


まっすぐ目を見て、謝られた。



「……あの写メ見たとき、びっくりしたでしょ」

「…まぁね」

「あたしもびっくりしたよ、まさか御幸くんとこんな意外なところで繋がってるとはね」


倉持が通っていた高校の野球部に、まさか御幸くんも所属していた、なんて。

御幸くんはきっと、あたしの知らない倉持をたくさん知っているだろう。



「仲良かったの?」

「仲いいっつーか…1年の秋からスタメン入ったのは俺と倉持だけだし、割とだいぶ一緒にいたな」

「そう…なんだ」

「前に遊夜ちゃんから聞いた好みのタイプ、すげー倉持に似てる奴、と思ったんだよ」

「…そりゃ本人だからね」

「…だよな」

「倉持は、あたしが御幸くんと知り合いなの知ってるの?」

「いや、言ってない」

「そっか」

「遊夜ちゃんはそれでいいの?」

「何が」

「倉持と、もう一回会わなくて」

「分かってる事聞かないでよ」

「それが本音なんて俺、到底思えないんだけど」

「…うるさいなぁ!」


あたしは思わず、机の端をバンと叩いた。


「じゃあ聞くよ、倉持に今彼女はいるの?」

「…それは…」

「正直に答えて」

「…いるけど」

「ほらね」


それなのに、五年も前に別れた彼女が突然連絡をとってどうなるっていうの。




「あの時から、時が止まってるのはあたしだけよ」




そう、いつまでも。

倉持との思い出に縛られて、新しい恋さえできないあたし。


癒えない傷は、時間が流れると共にどんどん深くなってる気がした。



「…遊夜ちゃんは、ずりーよ」

「…は?」

「いつもそんな傷付いた顔して、放っといてって言われて放っておける訳ねぇだろ」

「……」

「好きな女が、そんな辛そうにしてんのによ」


あたしは思わず、ずっと机を見つめていた目線を上げた。

御幸くんと、目が合う。


「倉持の、代わりでいいから」

「だから、無理だって…」

「付き合ってくんなくていーよ、ただ傍にはいさせて」


心配だから、と言って苦笑する御幸くんを前に、あたしは首を横に振ることなんてできなかった。
















何でもない喧嘩で泣いて
いつも君は困っていたね
もっと伝えたい言葉はたくさんあったのに
変わったんだよ
もう泣いてないよ
もう大丈夫だよ



















「あ……雪」


寒いと思った。

あたしはとれかけたマフラーを巻き直す。



「どうしたの?遊夜ちゃん」

「御幸くん、雪だよ」


空に向かって手を伸ばすとひんやりとした。手袋が無ければ霜焼けにでもなってしまいそうだ。


「さむーい」

「何、手、繋ぎたいって?」

「言ってないけど」

「素直じゃないなぁ」


御幸くんは無理矢理あたしの右手をとると、自分の左手ごとポケットに突っ込んだ。

何じゃこりゃ、カップルみたいで凄い恥ずかしいんだけど。


「……」

「…遊夜ちゃんのことだから怒ると思ってたんだけど」

「あ、ごめんちょっと思い出してた」

「倉持のこと?」

「うん」


あたし達が別れたのも、指が悴むような寒い冬の日で、雪が降っていた。

毎年この季節になると必ず思い出してしまう記憶。


「ははっ、相変わらず遊夜ちゃんは倉持倉持だね」

「なに、妬いてんの?」

「…そりゃね」

「毎度ご苦労さま」

「冷たい!雪より冷たい!」


夏のあの日から御幸くんと過ごすことが大幅に増えて、気付けばもう季節は冬になっていた。


相変わらず隣に御幸くんはいるけれど、何か関係が変わった訳でもなく付き合ってもいない。

強いていえば、あたしが少しだけ優しく、御幸くんが少しだけ積極的になった程度だ。


「もうすぐクリスマスだね」

「え?俺と過ごしたいって?」

「だから言ってないけど」

「でも別に予定ないでしょ」

「…御幸くん野球は」

「まぁあるんだけどね」

「何なのあんた」

「夜、迎えに行くからご飯でも行かない?」

「…クリスマスディナー?」

「クリスマスディナー」

「やだよカップルみたいじゃん」

「友達!友達でもクリスマスに晩ご飯くらい食べに行くから!」

「…ほんとかなー」

「ほんと!お願い!」

「あたし、フレンチがいいな」


御幸くんのポケットから自分の手を引っこ抜いて、少し先にあるクリスマスツリーに向かって走った。

イルミネーションに照らされながら置いてけぼりになった御幸くんの方を見ると、間抜けな顔をしていて思わず吹き出す。


「…まじで?」

「まじで」

「…いつも思うけど遊夜ちゃんってけっきょく優しいよね」

「知ってるけど」

「…ははっ」


嬉しそうに笑う御幸くんにつられて、つい笑ってしまう。




あたしは今年のクリスマス、御幸くんと過ごすことに決めた。











I'm stronger than I used to be
だからso please













人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -