何着ていこう。


あたしは朝からクローゼットを開いて、何着もある服を見つめた。




昨日、御幸くんに投げかけられた質問が、ずっと頭の中をぐるぐるしてる。

あたしは今でも倉持が好きだけど、もし倉持が目の前に現れたらどうするか、なんて考えてもなかった。





投げやりに紺色のワンピースを手に取り、鏡の自分とにらめっこ。

実は今から御幸くんとデートだ。


「何でこんなことに…」


独り言を呟きながら、あたしは昨日の御幸くんとの会話を思い返した。






『もし、今の遊夜ちゃんの目の前にあいつが現れたらどうする?』


『それは…考えた事なかったな』

『あれ、そーなんだ』

『だって五年も連絡とってないし、今そいつがどこで何してるか全く知らないもん』

『もし偶然再会したら、とか考えないの?』

『そんな運命的なの信じてないから』

『遊夜ちゃんらしいといえばらしいな』

『もし今会ったらか…想像もしたことなかったけど、幸せにやってくれてたらそれでいいよ』

『そういうもんなの?』

『そういうもんなの』


あたしが微笑むと、御幸くんは少し困った顔をした。


『やっぱ俺、遊夜ちゃんのこと放っとけないわ』

『え?』

『そばにいさせてよ』

『んん、無理』

『即答かよ』

『御幸くんのこと利用するなんてできない、なんて清く正しい理由じゃないよ。あたしが無理なの』

『…ほんと敵わねー』

『ん?』

『じゃあせめて明日デートしてよ、俺のことほとんど知らないでしょ?』

『えぇー』

『嫌そうな顔しなーい』

『授業が…』

『明日ないことくらい知ってるけど』

『…遊ぶくらいならいいけど、野球は?』

『昼からオフ』

『…じゃあお昼からね』

『よし決まり、じゃあ明日な』









…今思ったら、何でいいなんて言ったんだろう。すごいめんどくさくなってきたんだけど。


ただ、御幸くんのことをあたしはほとんど知らない。

それを指摘されて少し焦ったっていうのもあるかもしれない。



「うわ、もうこんな時間!?」



気付けば時計は正午を指している。

あたしは化粧もほどほどに、慌てて家を出た。









「はー…はー…御幸くんどこー?」


パンプスで全力ダッシュしたあたしは、もう無理、と言ってしゃがみこんだ。


「まだ来てないのかな…」


集合時間は少し過ぎてる。

仮にもデートに、御幸くんが遅れてくるなんて思えないけどな。



あ、いた。


近くにあるショップの裏に、御幸くんが立っているのが目に入った。何であんなところにいるんだろ。


「御幸く…」


「あぁ、久しぶりだな」


かけようとした声を、あたしはとめた。

何か様子がおかしい…誰かと話してる?てか電話してる?


「お前、マジでタイミングわりーよ」


そっと影から覗いてみると、やっぱり御幸くんは誰かと電話していた。

誰だろ、わざわざ集合場所から離れてるなんて聞いちゃいけない話なのかな?


「っせーな。…あ?あぁ、青道は無事に勝ち上がってるみてーだな」


…え、今、青道って言った?

青道って、倉持が行った高校だよね?


「まぁ俺たちの後輩なんだから、そんくらいやってもらわなきゃな」


…後輩?

御幸くんって、青道に後輩がいるの?

じゃあ御幸くんって、青道の野球部だったの?



え、ちょっと意味わかんない。ただでさえこんがらがってた頭が、またショートする。



そして、次の言葉に




「またそのうち会おうぜ、倉持」



あたしの何かがぷつんと切れた。




ドサ、と持っていた鞄を地面に落とす。その音を合図に、携帯電話を持ったまま御幸くんが振り向いた。


「! 遊夜ちゃん、いつからそこに…」

「御幸くん、青道の野球部だったの?御幸くん、倉持と知り合いだったの?写メ、見たんだよね?…あたしの元彼が倉持だって知ってたんだよね?」

「…それは」

「黙ってるつもりだったんだ」

「待って、遊夜ちゃん、話聞いて」


「帰る」


踵を返して来た道を戻ろうとすると、御幸くんはあたしの腕を掴んだ。


「離して」


あたしの瞳から、涙が溢れ出す。


「…今は、放っといて」


冷たく言い放つと、御幸くんは素直に手を離してくれた。



留まらない雫が、夏の日差しでカラカラになった地面に落ちていく。

泣き顔を隠すこともしなくて、すれ違う人がみんなあたしの顔をちらちらと見ていた。



もう、全部どうでもよかった。










今の私をもう一度見て
この街のどこかでまた会えたら
I'm stronger than I used to be抱き締めて
















「なー、倉持って何でそんなすぐ別れんだよ」

「あ?何だよいきなり」

「絶対一ヶ月もたねぇじゃん、てかもたせる気ないだろお前」

「コーコーセーらしくていんじゃね?」

「とっかえひっかえさいてー」

「ヒャハ、うっせーよ」

「地元に本命いるとか?」

「…は?」

「お、図星だ」

「…本命は本命でも、振られてっから」

「まじかよ!ダッセ!」

「うっせーんだよ御幸!」

「もしその子が青道に転校してきたらどーする訳?」

「ありえねぇからそれ」

「もしもだよ!そんときも一ヶ月で別れんの?」

「んな訳ねーだろ」

「じゃあどーすんだよ」

「…別に、俺の前に来ようが来まいが、そいつが今幸せならそれでいーんじゃね」

「…倉持可愛い」

「うぜー!」

「俺もそんな風に思える相手見つけてーわ」

「ヒャハ!」



2年B組の教室には、独特な笑い声が響いていた。









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