「ねぇ、倉持はさー」
「…なんだよ」
「何でケンカするの?」
「別にしたくてしてる訳じゃねーよ」
「じゃあもうやめなよ」
「…うるせぇ。ついてくんな」
制服に少し土ぼこりをつけている倉持は、恐らくまたケンカしたのだろう。
交差点の信号に引っかかり、足をとめる倉持の顔を覗き込む。
「口のはし、切ってるよ」
「そーかよ」
「あたし絆創膏あるから」
「いらねー」
「だめだって、ちょっと屈んで」
「いらねーっつってんだろ!」
いきなり倉持が大声を出すもんだから、ビク、と思わず肩が竦んだ。
「ご、ごめん…」
「…や、悪ぃ、やっぱ絆創膏くんねーか?」
「え、いいの?」
「おう」
「じゃああたしが貼ったげるから、屈んで!」
「自分で貼るから、貸せよ」
「あたしが貼りたい」
「……」
「貼りたい」
「…しゃーねーな」
ん、と言って倉持は少し腰を屈めた。あたしはにっこりしながら、倉持の口元に絆創膏を貼る
。
「できたよー」
「おぉ、さんきゅ」
「可愛いよー、けてぃーちゃんのばんそこ」
「は!?」
「え?」
「おま、けてぃーちゃん貼ったのかよ!」
「うん、倉持可愛い」
「可愛くなくていーんだよ!」
「剥がしちゃだめだから」
「な、」
「剥がしたら怒る」
「…ちっ、分かったよ」
「ひゃはー」
「何だそれ俺の真似か?」
「うん」
「ヒャハ、似てねーよ」
「おぉー本物だ」
ひゃはひゃは言いながらあたしが笑っていると、倉持はいきなりポンと頭に手を置いてきた。
「…なに」
「お前、怖くねーのか」
「なにが?」
「俺の隣なんか歩いてよ」
「ぜんぜん」
「…すぐケンカするしよー」
「倉持は倉持じゃん」
今更何言ってんの、って笑ったら、倉持は赤くなった。何でだ。
「俺はあんま、お前と一緒に歩きたくねーんだけど」
「…何でそういう事言うの」
「危ねーから。俺敵いっぱいだし」
「平気だもん」
「……」
「……」
「……」
「…黙んないでよ」
「何でわかんねーんだよ!」
「だから何が。倉持主語なさすぎ」
「だからなぁ、俺はお前が好きだから危ねー目に合わせたくねぇんだよ!」
「……」
「黙んなよ!」
「ねぇ、倉持」
「んだよ!」
「あたしも倉持大好きなんだけど、どうすればいい?」
そう言うと、倉持は一瞬きょとんとしてから嬉しそうに笑った。
「じゃあ遊夜、お前今から俺のカノジョな!」
「倉持、カレシ?」
「おーカレシ!」
「ねぇ、倉持やばい」
「なんだよ?」
「あたし今超幸せなんだけど」
「ヒャハ!俺も超幸せ!」
信号が青になるのが見えて、あたしと倉持は歩き出した。
そこで、目が覚めた。
夢……
「何で今更…」
付き合った時の、なんて、こんなんどんだけ前の話だよ。何でこんなに鮮明に覚えてるの。
目に涙が溜まっているのは、自分でも分かった。
雨の日も風の日も君を想うよ
まだここで想っていることを許して
「やばい、携帯なくした…」
気付いたのは朝だった。
どうしようあたしどこで落としてきた?
鳴らない携帯=使わない=探さない。朝まで気付かないってどうなの女子大生。しかも寝坊して1限出れないし。
昨日は大学しか行ってないから十中ハ九、どこかに落ちているはず。どうせ2限も入っているし、早めに行って探すことに決めた。
あたしの通う学部の校舎の下にあるカフェテリア。
よくみんな集まっている場所だけど、授業中だからか知り合いは見当たらない。
「ここにも無いとか、困る…」
とりあえず昨日座っていた席に向かおうとすると、御幸くんが目に入った。
あたしは思わず、ぐるんと顔を背ける。
「遊夜ちゃん?何知らんぷりしてんの」
「…気づいてたんだ」
「そりゃね、あからさまに避けないでよ」
「ごめん、だって気まずくて」
「ハッキリ言うね〜」
「そうかな」
「まぁそういうところが好きなんだけど」
こいつ、サラッと言うなぁ。別に慣れている訳でもないあたしは、御幸くんから目を逸らした。
「…昨日も言ったけど、ごめん」
「……」
「あたし御幸くんと付き合えないから」
「じゃあ誰となら付き合える?」
「誰と…って」
「昨日、携帯忘れて行ったでしょ」
はい、と御幸くんはポケットからあたしの携帯を出して渡してくれた。
「グラウンドにあったんだ…ありがと」
「遊夜ちゃん、携帯あんま触らないタイプ?」
「そうだけど」
「…その携帯、遊夜ちゃんのって確信なかったら開いちゃったんだよね」
「別に開くくらい…」
待ち受けは大学のみんなで撮った写真だし別に、と言おうとしたあたしの言葉はとまった。
あたしは、一昨日の夜から携帯を触っていない。つまり、あのあたしと倉持の写メが表示されたままということだ。
「…見た?」
案の定携帯を開くと例の写メ。そして御幸くんもコクリと頷く。
「ばれちゃった」
「…前言ってた元彼だよな」
「笑えば?我ながらおかしいよ、大学二回にもなって中学のときの男が忘れられない、なんて」
「……」
「こういう訳だから、御幸くんとは付き合えないの」
「…そいつとは連絡とってねーの?」
「とってる訳ないじゃん」
「…もう、遊夜ちゃんの事なんて忘れてるかもしんねーじゃん」
「そうだね、あたしなんかすっかり忘れて新しい彼女つくってるかもね」
「違…っあいつは多分今でも、」
「え?」
「…や、何でもねーよ」
変な御幸くん。
「このこと、あんまり言わないでね」
「はは、言わない言わない」
「御幸くんしか知らないから」
「俺と遊夜ちゃんの秘密だね」
「その言い方語弊がある」
「ちょっと聞いていい?」
「答えられることなら」
「この先、遊夜ちゃんが俺を好きになることはある?」
「…どうだろね」
「あれ、意外。ありえない、とか言って切って捨てると思った」
「だって、未来なんて誰にもわかんないじゃん」
「…確かにね」
「あたし昔はこんなに引きずるなんて思ってなかったし、ふつーに恋愛してふつーに他の人と付き合うって思ってた」
「……」
「でも実際こんなだもん」
「もう一個聞いていい?」
「なに?」
御幸くんは真剣な顔になって、あたしに向き直る。
「もし、今の遊夜ちゃんの目の前にそいつが現れたらどうする?」
もう心はないと
I know 分かってるよ
もう手遅れでも
I'm stronger than I used to be