あれ、着信入ってる。
一日を終え、お風呂から上がったばかりのあたしはタオルでがしがしと髪を拭きながら携帯を手にとった。
地元にある大学に通っているあたしは一人暮らしをするはずもなく、実家に甘えっぱなしだ。
…知らない番号。
もしかして倉持?
「…そんな訳ないよね」
パタンと不在着信の画面を閉じて、机に置き直す。その途端、携帯が震え出した。
また電話。今日は珍しく携帯がよく鳴る。
着信画面を見ると、さっきと同じ知らない番号だった。
「はい、もしもし」
「あ、遊夜ちゃん?」
「その声…御幸くん?」
「わりぃ、番号聞いちゃった」
「いいけど、どうしたの」
「明日、大学のグラウンドで試合あんだけど、来ない?」
「え、」
「もしかして忙しい?」
「暇だけど、…それって、その試合って、野球のだよね?」
「ははっ、俺がサッカーの試合に出ると思う?」
「思わない」
「何、野球嫌い?」
「嫌いじゃ…ないけど」
嫌いな訳ない。むしろ好き。
レスリングしてる倉持もかっこよかったけど、野球やってる倉持はすごくすごくかっこよかったから。
「じゃあ来てよ、お願い」
「…うん、行く」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「じゃあ明日な」
御幸は嬉しそうな顔が思い浮かぶような声で、電話を切った。
あたしはそのままボタンを操作して、アドレス帳を開く。か行で指をとめた。そこにあるのは懐かしい名前。
『no.001 倉持洋一』
携帯を買った時に一番最初に登録した。
もしかしたらあっちは番号を変えてるかもしれないし、解約してるかもしれない。確かめるために自分からかけるなんてことは到底出来ない。
それでも消せない。
「野球かぁ…」
倉持と別れてから、自分の通っていた高校も、もちろん青道も、野球の試合は一切見てない。
見ると、辛くなるから。
「あれ、なにこれ」
倉持の名前の横に、画像001という文字がリンクしていた。思わず押して、表示された画面に体が固まった。
幼い自分と倉持が、満面の笑みで抱き合ってる写メ。
こんなの、いつ登録したんだろう。すっかり忘れてた。
今より5つも幼い自分。隣に写っている倉持の姿は、あたしの中でこの時から変わっていない。
どんな風にあいつが成長しているのか考えるのも嫌で、あたしは髪を乾かすのも忘れて布団に入った。
電話来るかもって思ったら
どうしてもね、Phone numberだけは消せないんだ
「うわ、人多…」
約束通り、翌日のあたしは大学のグラウンドにいた。
割とみんな御幸くんが今日試合するのを知っていたらしく、ちらほらと周りに友達がいたのでご一緒させてもらう。
「御幸くん狙いのファンの女の子、多いみたいだよ」
「そうなんだー」
「遊夜、興味なさそう」
「興味ないもん」
「珍しい子だわ」
「何で彼女いないんだろうねー」
「野球が恋人なんじゃない?」
「うわ、それ似合わない」
「何でも今までずっと野球一筋だったらしいよ、高校球児だし」
「あ、そーいえば御幸くんって高校球児だったんだね」
「東京の強いとこ行ってたらしいよ」
東京の強いとこ、ってどこだろう。もしかして青道?まさか、そんな偶然ある訳ないよね。
こんな時にまで倉持のこと思い出すの、やめよう。
「あ、御幸くんでてきた」
「わー」
「遊夜ほんと興味なさそう」
「興味あるよ、野球には」
「野球かよ」
「へーキャッチャーなんだ」
「それも知らなかったんだ」
「興味ないもん、御幸くんには」
「…御幸くんかわいそー」
「なんで」
「あの子、遊夜のこと可愛い可愛い言ってんだよー」
「え?」
「知らなかったでしょ」
「知らなかった、てかそれあたしに言っていいの?」
「こういうのは第三者から聞いた方がポイント上がるからね」
「……」
予想外の言葉に、あたしはつい黙り混んだ。
御幸くんがあたしの事を可愛いって言ってる?んなバカな、そんな話は聞いていない。
仲がいい訳でもないし携帯番号だって昨日知ったような関係だ。
あくまで同じグループのメンバー、そんな認識だろう。
「可愛いなんて、誰にでも言うじゃん」
「御幸くんグローブとかボールに可愛い可愛い言ってそうだよね」
「ほら野球が恋人じゃん」
「…遊夜もしかして気にしてる?」
「気にしてないし」
「珍しい、男に興味ない遊夜が」
「気にしてないってば」
「応援するよ、あたし」
「…はいはい」
あたしは別に、男に興味がない訳じゃないんだけどな。
なんて、五年も元彼引きずってるなんて言ったらドン引きされるから言わないけど。
「わ!!すご!」
「何、どしたの」
「今ね、一塁の人がいきなり走ったんだけどね、御幸くんがズバーッてボール投げてアウトになっちゃった」
「…要するに盗塁刺したんだね」
「よくわかんないけど凄いよ!遊夜もちゃんと見なよ!」
「わかったわかった」
促されて本塁を覗くと、御幸くんがピッチャーに何か合図しているところが見えた。
へー、かっこいいじゃん。
なんとなく興味をそそられて食い入るように見つめていたら、試合はあっという間に終わってしまった。
「遊夜ちゃん!」
帰ろうとして腰を上げたら、いつのまにか隣に座っていた友人はいなくて、何故か後ろに御幸くんが立っていた。
「御幸くん、何でここに」
「試合終わってすぐ走ってきた」
「ふーん、まぁお疲れ様」
「相変わらず冷たてーな」
「来ただけでも、いつもより優しいつもりなんだけどな」
「ははっ、それは確かに」
「でもびっくりしたよ、御幸くん凄いんだね」
「かっこよかっただろ?」
また調子に乗って。
あたしは立ち上がり、御幸くんに背を向けてスタスタと歩き出す。
「照れんなよ、遊夜ちゃん」
「…うん」
「へ?」
「かっこよかったよ」
振り向いて微笑んでやると、御幸くんはポカンと口をあけた。
「…ずりー」
「なにがよ」
「何でもねーよ」
「あそ、じゃあ帰るね」
そう言って、ひらひらと振った右手を御幸くんに掴まれた。
「…どしたの」
「好きなんだけど」
「え?」
「俺、去年から遊夜ちゃんのことずっと好きだった」
顔を少し赤くして真剣な顔で言う御幸くんに、あたしはたじろいだ。
御幸くんが、あたしを、好き?
…え?
あたしは、自分の顔が早急に熱を帯びるのが分かった。
「…っごめん!」
「ちょ、遊夜ちゃ…」
掴まれていた腕を振り払い、そのまま全力で駆け出す。御幸くんは追ってこない。
あたしは柄にも似合わず、焦っていた。
「遊夜ちゃん、携帯忘れてんだけど……え?」
そして、幼いあたしと倉持の写メを御幸くんが見ているなんて、知る由も無く。
忘れたふりして
出会い求めようとした 何度も
でもダメなの 君がいいの