「お前、それ何」

「見てわかんない?ねこ娘」

「…全然怖くねーな」

「御幸こそ、それ何」

「見て分かれよ、吸血鬼」

「ぴったりじゃん」



2のBの出し物はお化け屋敷。いつもの勉強している教室も、今日ばかりは真っ暗。

あたしと御幸はガチな脅かし役じゃなくて、受付や宣伝係としてのプチコスプレで済ましてある。



「かっこいいって?」

「言ってないけど」

「遊夜可愛い、似合ってる」

「はいはい」

「はっはっはっ、冷たいなー」


こんなんでも、あたし達はカレシカノジョ。好きなやつにほど冷たくなるあたしはB型。

てゆーかこいつ、吸血鬼のコスプレ似合いすぎて腹立つ。きっと、御幸のこと好きな女の子はあたしだけじゃない。



「あの、御幸先輩!!写真撮ってもらってもいいですか?」

「あたしも、ファンなんです!」


ほら、来た。


「え、あ、うんいーよー」


御幸は困った顔でちらっとあたしを見たけど、目をそらしてやった。



「あの、あたしもお願いします!」

「御幸先輩かっこいいーー」

「握手してくださいっ」


一人の女の子を皮切りに、次々と人が溢れてくる。

何じゃこりゃ。御幸のコスプレってこんな威力あんのか。



「おい、椎名」

「…倉持、あんた何そのかっこ」

「ひゃは、ねずみ男ー」


『2のBお化け屋敷』と書かれた看板を片手に持っているのは、全身灰色のねずみの着ぐるみを着ている倉持。

なんつーか、可愛いなおい。


「お化け屋敷関係ないじゃん」

「俺、ねずみ男だろ?」

「は?」

「お前、ねこ娘だろ?」

「…はぁ」

「食わないでー」

「黙れや」


倉持は、ひゃは、といつも通り笑った。


「文化祭なのにつまんなそーなのな」

「別に」

「妬いてんだろ」

「…なんで」

「御幸が女に囲まれてっから」

「今に始まったことじゃないし」

「妬いてんだな」

「イライラするだけ」

「じゃあ気ばらしに客引きいこーぜ」

「…いいね」



モテる御幸は嫌いじゃない。けど、

今は何かすっごいむかつく。


「…おい、どこ行くんだよ遊夜、倉持!」

「ひゃは、バーカ」


女の子の波に埋もれてる御幸を置いて、あたしと倉持はダッシュした。





「御幸、今頃怒ってっかなー」

「いい気味よ。彼女目の前にして他の女とイチャイチャして」

「…珍しーじゃん、そんなん言うの」

「わかんない?妬いてんの」

「何堂々と言ってんだよ、こっちが照れんだけど」


あ、綿あめひとつ、と言って倉持は屋台に立ち寄った。あんた綿あめなんて食べんの。


「ほら、やるよ」

「…何たくらんでんの」

「な訳ねーだろ」

「じゃあ、何」

「…慰めてんだよ、一応」

「…ふっ」

「てめ、笑ってんじゃねぇ!」

「ごめんごめん、ありがとね」


ニコッと微笑むと、倉持はちょっと顔を赤くした。

あれ、そういえば何かあたし御幸の彼女なのに倉持とのラブロマンスみたいになってんな、これ。


「2のBお化け屋敷どうですか〜」

「今ならイケメンの吸血鬼が受付やってますよ〜」

「ひゃは、それおもれーな」

「吸血鬼と写真撮りましょ〜」


倉持は看板を、あたしは綿あめを持ちながら思い出したように客引きをする。

ねずみ男とねこ娘が二人で歩いてるもんだから、割と目立つ。


「倉持一口食べる?」

「ん?あぁ…とと」

「看板持ってなよ。あーんしろや」

「まじか」

「はい、あー…」



「させねーよ」



倉持に綿あめを差し出そうと近づいたはずなのに、あたしの体は逆に、倉持から離れた。


「…え」


体がふわっと宙に浮き、地面から足が離れる。

と、思った時にはもう、あたしはかつがれていた。


「わりぃ、返してもらうわ」


倉持にその言葉だけを残して、その場から走り去る。

人波をかき分けて屋台の並ぶグラウンドを後にして、気付いたときには人気のない駐車場にいた。



「ちょっと、おろしてよ!」

「……」

「ねぇ、ねえってば!おろせ!」

「……」

「おろせってば!」

「……」

「御幸!」



そう叫ぶとあたしは、かついでいた御幸に、トンと地面におろされた。


「…お店の受付、どうしたの」

「交替の時間」

「…あの女の子たちは?」

「まいてきた」


やばい、御幸怒ってる。

こっち一切向かないで下の方見てるし、声低いし。


「…怒ってんの?」

「当たり前だろ」

「御幸が先に、女の子達と仲良くしてたんじゃん」

「だからって倉持と逃亡かよ」

「客引きだもん 」

「そんなに倉持が好きかよ」

「…好きだよ」


最後の一言で御幸は顔を上げて、あたしの顔に近づけてきた。

思わず、後ずさる。


「…何してんの」

「御幸怒ってるけど、あたしも怒ってんの。だからキス禁止」


あたしが片手で自分の口を塞ぐと、御幸はピタッととまった。


「やれるもんならやってみろよ」


次の瞬間、御幸はあたしの手にそのまま唇を押し当てた。指を舐められて、その間から舌が入って唇を舐める。


「…っ」


なにこれ、ふつーにキスされてるより恥ずかしいんだけど。


「ちょ、御幸…」

「遊夜が悪ぃんだよ」


すっかり力が抜けたあたしの手を引き剥がし、本格的に口付ける。

甘くて、とろけそうになる御幸のキスは、やっぱりずるい。


「…長いよ、」


唇が離れたときにはあたしはすっかり息を切らしていて、相変わらず御幸は余裕の表情。ちょっとむかつく。


「…ねこ」

「は?」

「食べたくなんな、そのカッコ」

「…絶対やめてよ、あたし一人じゃこれ着れないんだから」


ねこ娘の格好は、耳に尻尾に浴衣。クラスメートに着付けてもらっただけで、もちろん自分だけでは着ることなんてできない。


「そう言われるとやりたくなる」

「やったらしばくよ」

「…ちょっとだけ」

「ちょ、」


御幸は、浴衣の衿を少しずらしてあたしの首に顔を埋めた。

くすぐったくて、身をよじる。


「…丸見えなんだけど」

「だって俺、吸血鬼だし」


つけられたキスマークは、浴衣のあたしにとったらまるで見せびらかすような場所に印されてあった。


「やきもち妬きめ」

「遊夜、人のこと言えねーだろ」

「…ねぇ御幸」


ちょいちょい、と手で御幸を招いて、御幸の耳に口をよせる。


「にゃー」

「……」

「なーんてね、それっぽかった?…ってあれ、御幸?」


離れてみると、御幸の顔は意外にも赤く染まっていた。


「不意打ちなんだよ、お前」

「…御幸可愛い」

「…お前の方が可愛いから」


真っ赤になった御幸は悔しそうに、もっかい、なんて言ってきたからやっぱり世界一可愛いかもしれない。





















(おめーら、仕事しろよ!)
(倉持もしかして三人分働いてたの?)
(良い奴か、お前)
(うるせーよ!さっさと持ち場つけ!)
(やばい、惚れそう)
(コラコラ…)






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