「おぉロミオ、あなたはどうしてロミオな…の……」


……。


もうあたし以外誰も残っていない教室で、窓から夜空を見上げる。


「あー…だめだぁ〜〜」


ため息をついて、台本をぐしゃりと握りしめた。

明日は文化祭。クラスの舞台発表でロミジュリする事になったのはいいんだけど、くじ引きであたしがジュリエットなんてどういうこと。


「相手、倉持だったらよかったのに」


一人きりなのをいいことに、ぽつりとつぶやく。


ロミジュリに決まったとき、当たり前のようにロミオに決まったのは御幸くん。それならと女子がみんなジュリエットに立候補して、決まらなくてくじ引きになってあたしが当たってしまった。

みんなからは羨ましがられたけど、あたしは正直倉持と大道具がしたかった。言えないけど。


「ヒャハ、何やってんだ?ジュリエット」

「…へ」


まさかと思って振り向くと、扉付近にはたった今考えていたばかりの、倉持がいた。


「うわ、びっくりした!」

「お前一人で寂しいのな、こんな時間に教室でぼっちて」

「うっさいわね、部活は?」

「今終わった。自主練すっけど」


明日文化祭だからなー、と言いながら倉持はあたしの横に立って窓から身を乗り出した。


「星キレーだな」

「あたしも思ってたとこ」

「つーかこんな時間まで危ねえだろ、早く帰れよ」

「何か緊張しちゃってさ」

「あぁ、明日だもんなジュリエット」


倉持はニヤニヤしながらあたしを見てくる。くそぅ、こいつ絶対おもしろがってるじゃん。


「倉持、何でここにいんの?」

「あーなんか2のBの教室の窓から空見てる椎名みえたから」

「…え、だから来たの?」

「そ、だから来たの」


悪ィか?と、倉持はちょっと顔を赤くし聞いて来た。

悪いはずないじゃん、

超嬉しいんですけど!


「……や、」

「あ?」

「嬉しい、です」

「…そーかよ」


倉持の顔はさらに赤くなって、拗ねたようにあたしからプイっと目を逸らす。

あぁ、これ多分あたしの顔も今真っ赤なんだろーなぁ。


「……」

「……」


何だか照れくさくて、あたし達は二人とも窓から星を眺めていた。何も会話がなくても、それが心地よかった。


「…ね、ちょっと練習相手してくれない?台本」

「は!?ぜってーヤだ!俺そんなん言えるキャラじゃねんだよ!」

「お願い、一生のお願い!!」

「…っ、ちょっとだけだからな」


なんだかんだ、やっぱり倉持は優しい。あたしはそんなところが大好きだ。




「あ、あなたは家を捨てる覚悟がお、おありですか」


耳を真っ赤にして不機嫌そうな顔でつらつら台本を読む倉持。

すっごい棒読み。

あたしは思わずクスクス笑ってしまった。


「あなたと一緒にいるためなら」

「い、行くあてもないままですが」

「あなたとならどこへでも」


セリフを覚えているあたしは、台本しか見ない倉持の顔をじっと見る。

あんま見んじゃねぇ、って怒られたけど、こんな可愛い倉持めったにお目にかかれないんだもん。


「あなたのことを、ずっとあいし…て…」


棒読みだった倉持がピタッととまった。


『愛してる』


あたしの記憶の限り、次のセリフはこうだった。


い、言われたい。たとえ演技でも、倉持に愛してるって言われたい。


「あ、あい…」


頑張って!倉持!


「あいし…て…」


もうちょっとーーー!



「って言えるかこんなセリフ!俺は御幸じゃねーんだよ!!」

「えー!」

「えーじゃねぇよ!次いくぞ次!」


ちぇ、残念。


「…おい、椎名」

「なによ」

「これも…やんのか?」

「これって、何…」


ん?ちょっと待って、次のシーンってたしか…


「…これ御幸とやんの?」

「え、演技だからね」


キスシーン、だったはず。


「…くら、もち?」


台本を見てたはずの倉持が、いつのまにかあたしの方をじっと見ていて。

そのまま、顔が、近付いてくる。


「ちょ…ちょっと、」


目の前まで倉持の顔がきて、あたしはぎゅっと目をつぶった。



「…悪ぃ、続きやろうぜ」


ピタッととまって、倉持はあたしから離れた。


心臓が、バクバクうるさい。


「う、うん、あたしからだね」


何、今の。

ほんとにキス、するかと思った。


「あなたのためなら全て捨てます」


キス、しても…よかった。




「愛してる、倉持」




………。


「…え」

「う…わ、ごめん今あたし…!」


今あたし何て言った!?

ロミオでしょ!?何で倉持ってそのまま言っちゃってんのよー!!


「ご、ごめんあたし帰る…!」

「は?ちょ、オイ椎名!」


耐えられなくなったあたしは、鞄をとって教室を勢いよくでて走り出す。倉持に、足で敵わないなんて分かってる、

でも今、逃げなきゃどうしようもない!





「…愛してる、ジュリエット!」


…え?



思わず足をとめて振り返った。倉持は、そのままツカツカとあたしに歩み寄ってくる。


「…愛してる」

「え…」

「愛してる、椎名」


あたしの目の前まで来た倉持は、真っ赤な顔をして言った。


「…うそ」

「嘘じゃねー。ずっと好きだった」

「ほ、ほんとに…?」

「演技でも御幸とキスなんて、嫌でたまんねーよ」


バカヤロー、とつぶやいて、あたしの肩にこてんと頭を乗せる。


「…倉持」

「…んだよ」

「キスして」


そう言うと、倉持は一瞬びっくりしたような顔をしてから、ニヤリと笑った。


「すぐ、やめてやんねーから」


演技じゃない本当のキスを、倉持はあたしに贈ってくれた。





















倉持くんと演劇練習



(なぁ、ほんとにやんのか?)
(仕方ないじゃんお芝居なんだから)
(…やだ)
(…やだって言われても)
(遊夜ちゃん、フレンチがいい?ディープがいい?)
(てんめぇ御幸ぶっ殺す!)




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