sweet nothings
甘いささやき

「…あれ?」

俺は薬師高校のピッチャーであり、今日は予選で負けた青道のその後の試合を見るために、神宮の球場に来ていた。青道はなんとか勝利を収め、何故か安心した俺はトイレへと出掛けた。

しかし球場は予想以上に広く、見事に迷った。

ここは、どこだ。

「御幸〜倉持〜」

人気の無い廊下を、青道野球部員の名前を呼びながらとりあえず歩いてみる。もしかしたらいるかも、なんて。敵に頼るなんて情けないが、球場で迷子になる方が情けない。なってるけど。

「…誰かー!!!」
「どうしました?」

ついに叫んだ俺に、後ろから声がかけられた。助かった、と思って勢いよく振り向く。

「あ、薬師の…」

そこに立っていたのは可愛らしい女の子で、青道のユニフォームを着ていた。ほわんとした雰囲気を持っていて、俺的にはストライク。うん。

「あ、そう。俺薬師のピッチャー」
「あたし青道のマネージャーなんですよ」

見たら分かる、とは言えなかった。だって、優しく笑ったその少女が可愛すぎて、言葉を発する事が難しかったから。

「何してるんですが?」
「いや、トイレに行ったんだけど…」
「迷ったんですね」

にっこりとして、ズバッと言われた。けどまあ、笑顔が可愛いから許す。

「一緒に行きます?観客席なんですけど」

あぁ、天使だ。

「おう!敬語いらねー」
「あーあたし二年」
「まじ?タメじゃん」
「うわあ運命だね!」

2人で廊下を歩きながら、話す。無邪気に笑うその顔は、俺の心を次第に支配していった。

「俺、真田俊平っていうんだけど。そっちは?」
「椎名遊夜だよ!よろしくねっ」

ほら、また。椎名を見ていると何だか凄く胸が締め付けられた。うわーやっべー、これはあれか?恋しちまったパターンか?どこの少女漫画だよ、展開がベタ過ぎる。それでも段々と椎名の事を好きになっていく自分がいた。喋れば喋るほど、笑う椎名。椎名が笑えば笑うほど、俺の心臓は速く脈打った。

「あ、着いたよ」

気付けば観客席。早すぎだろ、もっと一緒にいたかったんだけど。

「あぁ、さんきゅ」

これでばいばいか?俺の恋、一瞬かよ。よりによって青道のマネージャーに惚れるなんて、つくづく俺もバカだ。

「おーい遊夜!」
「あ、御幸くん」

椎名の名前を慣れたように呼ぶ声が聞こえて、当然のように椎名は振り向いた。そこにいたのは、青道のキャッチャーでタメの御幸だった。

「見てた?今日、俺打ったんだけど」
「見てたよー、チャンスだったもんね!」
「期待には応える男、御幸一也ですから」
「あははっ何それ!」

仲が良さそうに話す御幸と椎名。同じ学校なんだから当たり前だ、毎日会うんだから。そう自分に言い聞かせた。イライラする。俺はやっと、今日会ったばかりの椎名にハマりすぎてしまった事を自覚した。

「あれ?薬師の…」
「あーども。試合見た」
「おぉ!あのカットボールの厄介な真田君!」
「覚え方微妙だなオイ」

俺を見つけた御幸は、案外普通に話しかけてきた。そのイケメンな顔がムカつく、椎名を狙っているのがバレバレでムカつく。俺達の間には見えない火花がバチバチと散っていた。

「まぁスタミナ不足の克服頑張ってね」
「いやー、来年は絶対に俺らが勝つから」
「はっはっは、まぁ言うのはタダだよな」
「今薬師はノリにのって、激アツだぜ?」
「青道は毎日ノリにのってるから」
「俺らはこれから一生ノリにのるから」
「ちょっと、2人とも」

終わらない俺と御幸のアホみたいな言い合いに、椎名は割り込んだ。

「何か怖いよ?」

当たり前だろ、お前を懸けてるんだから。こんなエロい眼鏡になんか負けてたまるか。

「はっはっは、気のせいだろ遊夜ちゃん」
「ちゃん付けすんな」
「じゃあ俺はしていい?遊夜ちゃん」

冷たくあしらわれた御幸の真似をして、ふざけて言ってみた。すると、椎名の顔は一気に赤く染まった。

え、という俺と御幸の間抜けな声がハモる。

「じょ、冗談やめてよ真田くん!」

いや、何その反応。可愛すぎません?期待するよ?しちゃっていい?

「…遊夜」

ためしに呼び捨ててみると、更に椎名の顔は赤くなった。

もう、これは確実。

「なぁ、遊夜」
「なに…っ」

真っ赤になった顔を椎名が上げた瞬間、俺は自分の唇を椎名の唇に押し当てた。驚いて目を見開く椎名が見える。なんて可愛い。

「さな、だくん…っ!?」

離れた瞬間に自分の口に指で触れ、慌てふためく姿が最高に愛しかった。

「…好きだ、遊夜」

腰を屈めて、椎名の耳元で囁いた。





sweet nothings
甘いささやき





































(公衆の面前で遊夜にキスすんじゃねえ!)
(いやー悪ぃな御幸)
(激アツだなお前は!)
(え、それ俺の口癖)
(仲良いわね君達…)

確かに恋だった
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