男勝りなお姫様
今日は祝日。しかし、土日祝関係なく青道高校野球部は一日中練習。そして今日も俺はグラウンドを走り回っている。
そんな中の昼休憩、俺は水道で汗を流していた。
「ゆーうーきっ!」
突然、後ろから背中を思い切り叩かれる。その勢いで顔を洗っていた水が思い切り鼻に入って、むせた。
「ゴホッ」
「うわごめん!大丈夫?」
鼻が痛い。つんとする。振り向くとそこには、
「椎名さん…?」
「久しぶり!結城!」
そこに立っていたのは、去年卒業した一つ年上の元マネージャー、椎名遊夜さんだった。
「何してるんですか」
「久しぶりにみんなに会いたくなっちゃってー」
来ちゃった、と語尾にハートマークをつけて微笑む椎名さんは相変わらず綺麗だった。
この人は、俺が想いを寄せていた人でもある。いつも優しく気が利いて、正にマネージャーの鏡。結局想いは伝えることなく椎名さんは卒業してしまったが。
「結城、大人っぽくなったね?キャプテンらしくなったじゃん」
「…ありがとうございます」
「あは、固いとこは変わんないね」
口では冷静にしていても、内心かなり動揺していた。
以前も綺麗だった椎名さんは、大学生になって更に綺麗になっていて。
少し明るくなってパーマをかけたのかふわふわの髪に、いつもすっぴんで汗だくだったのが薄く化粧をしていたり、凄く大人っぽい。
「よく、言われます」
何だかとても、遠い存在になってしまったみたいで、悲しかった。
「最近どう?大変?」
「いえ、楽しいです」
「そう言うと思った」
あんたは自慢の後輩よ、と言って椎名さんは俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。お互いが高校生だった時も、俺が落ち込んでいたりすると必ずこうしてくれた事を思い出す。
「あんた、高校生活ほんと野球に全部かけてるよねー」
「椎名さんもそうだったでしょう」
「…生意気!」
真顔で答えると、椎名さんはいじけたような顔をして、俺の頬をつねる。
痛い。ただそれ以上に、触れられている事に鼓動が速くなった。
「せっかくの高校生なのに彼女の一人もつくんないで」
「…じゃあ、椎名さんが」
「え?」
「いえ、何でもないです」
思わずこぼれそうになった言葉を、焦って飲み込む。危ない、何を言おうとしてるんだ俺は。
「ねぇ今何言おうとしたの」
「いや、別に」
「結城ー」
「今日の夕陽は綺麗ですね」
「今お昼なんだけど」
冷静に突っ込まれる。実際に日が落ちるまで後6時間はかかるであろう。
「ねぇ、結城」
椎名さんは真剣に俺のことを見つめてきた。目が合って、思わずそらしてしまう。
今まで見てきた先輩の雰囲気ではない椎名さんに、俺はどうすることもできなかった。
「…言ってよ、バカ」
「いや…」
だって俺はまだ高校生で、椎名さんよりも年下で、子供で、今まで野球にしか興味がなくて遊びの一つも知らないつまらない男だ。
そんな俺が椎名さんに、好きと言っていいはずがない。
「結城」
「…俺、練習に戻ります」
耐えられなくなって、俺はその場を後にしようとした。
「…バカヤローーーーー!」
するといきなり、椎名さんが思い切り俺の頭を叩いた。
「好きなら好きって言いなさいよ!この意気地なし!」
「…む」
「年下だから、とかどうせしょーもない事気にしてんでしょーが!」
「…むむ」
「あんたの事分かってあげれるのなんか、あたしだけなんだからね!」
「…むむむ」
「しっかりしなさいよ!」
一気にまくし立てられて、俺はたじろいだ。怒ると迫力があるところは変わってないらしい。
「…結城」
「はい」
「あんたあたしの事好きでしょう」
ちょっと顔を赤くして言う椎名さんが、可愛くてかっこ良くて、俺は笑ってしまった。
「はは…男前ですね」
「うるさい」
先輩に、しかも好きな女にここまで言わしてしまったのだから、もう俺が逃げる訳にはいかない。
「すいません」
「なに」
「椎名さんが好きです」
「…知ってるよ、バカ」
俺はまた笑って、椎名さんを抱きしめた。
男勝りなお姫様
(伊佐敷くんと小湊くんだー!)
(遊夜さんじゃないっすか!)
(久しぶりですね)
(…何抱きついてるんですか)
(結城妬いてるの?可愛い!)
((…バカップル))