寂しがりやなお姫様


いつものきつい練習が終わりとっくに日も暮れ、俺は一人自主練に励んでいた。

「そろそろ終わるか」

びちょびちょになった汗を流すために風呂に向かって歩き出したその時、

「純兄ーーーーーっ!」

高い声が聞こえたと思ったら、いきなり後ろから抱きつかれた。

「遊夜!何でいんだ!」
「えへへ来ちゃった」

俺は遊夜を背中から引き剥がし、呆れたように叫んだ。

もうすっかり夜だってのに、なにしてんだこいつは。

「あれ、純さん妹いたんすか?」

たまたま通りかかった倉持が興味深そうに遊夜を見つめた。遊夜はニッコリとしたが俺はため息をついた。

「ちげーよ、俺にいんのは妹じゃなくて姉だからよ」
「え、じゃあ誰…」
「はじめまして!結城遊夜です」

その通り。こいつは俺の妹じゃなくて哲の妹だ。俺と哲はよく一緒にいるので、そのまま仲良くなってしまって、異常に懐かれている。

まぁ俺からしたら可愛い妹分だ。

「哲さんの妹!?」
「いつも兄がお世話になっておりますー」
「挨拶してる場合じゃねーだろ、お前一人で来たのか?」
「そーだよ?」
「危ねーだろーが!もう真っ暗なのによ!物騒なの分かってんのか?」
「全く過保護なんだからー」

哲はもうとっくに帰ったってのに。どうせならもっと早く来て二人で帰れよ!

「哲、何も言わなかったのかよ」
「お兄ちゃん私よりバットの方が好きだもん」
「そうかもしれねーけどよ…」

どうせ哲のことだから素振りしている間にでも遊夜はこっそり家を抜けて来たんだろう。あいつも過保護だから見つかったらきっとどやされる。

「夜道は危ねーからくんな!」
「平気だよ、家近いし」
「お前なぁ」
「そんな怒んないでよ」
「怒るわ!」
「だって純兄に会いたかったんだもん…」

最近会ってなかったから寂しかったんだもん、と言ってしょんぼりする遊夜。こうなるとこちらの分が悪い。

「じゃあ俺が送ってくから帰れ、哲が心配すんだろ」
「はぁい…」
「ほら行くぞ」

一気に落ち込んだ遊夜と一緒に、帰り道を歩き出す。その間もずっと遊夜は顔を下げたままだ。

「んだよ、そんなしょげんなよ、ちょっと怒られたくれーで」
「ちがうもん」

遊夜は、歩いていた足をとめた。

「子供扱いしないでよ…」

そう言って俯いていた顔を上げると、俺は思わずたじろいだ。

遊夜は今まで見ていた妹の顔じゃなくて、女の顔をしていた。

「ど…したんだよ、急に」
「急にじゃないよ」

慌てる俺の手を遊夜はきゅっと握り、俺は思わずびくっとした。

「あたし、純兄に妹って思われたくないんだ」

まっすぐに俺を見つめてくる遊夜が綺麗で、鼓動が速まった。

「あたし妹以上になれないの?」

ねぇ、と言いながら顔を近づけてくる遊夜。俺の方が二つも年上なのに迫られっぱなしで、言葉さえもうまくでてこない。

ただ、一つ分かるのは、

「…純兄」

俺は今、こいつを妹なんて思っちゃいない。

「何かいってよ」

俺は今、こいつにドキドキしている。

「…バカヤロー」
「ちょ、バカって」
「お前覚悟できてんのか?」
「え」

つながれていた手を引っ張って、俺は遊夜にキスをした。

「じゅん…にい」
「妹じゃねーんだろ?純兄なんて呼ぶんじゃねーよ」

一方的に遊夜からつながれていた手を握り直す。恋人つなぎになるように。

「純だいすき!」
「やべ、哲に何て言お」
「未来の弟です、は?」
「バカかお前」

本当にいつか哲と兄弟になったら、いやそれはそれで悪くない。












寂しがりやなお姫様




(お兄ちゃん、私達付き合いましたー!)
(…本当か?純)
(悪い、哲)
(キスは結婚するまで無しだぞ)
(もうしちまったなんて言えねー)

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