ヤキモチ妬きなお姫様


朝練が終わって、俺と御幸が教室に入ったちょうどそのとき。

「お、遊夜」

クラスメイトで仲の良い、椎名遊夜が窓の外を眺めながら突っ立っているのが目に入った。

「……」
「遊夜?」
「何、どしたの」

名前を呼んでも反応しない遊夜に、俺と御幸は怪訝な顔をする。

「……」
「おい、どしたんだよ」
「遊夜ー?」

御幸は遊夜をひょいとどかして窓の外を覗いて一瞬ニヤッとした、ような気がした。何だこいつ。

そんな事より今はこの放心している遊夜だ。肩を叩くと、やっと振り返った。そして、その顔は何故か号泣していた。

「くーらーもーちーーーー」

え、俺は?と呟く御幸を気にもとめず、遊夜は俺に思いっきり抱きついてきた。いやなにしてんだオイ。

「ちょ、何泣いてんだよ!つーか離れろ!」
「いーなー倉持。役得」
「テメェ黙ってろ御幸!」
「顔赤いぞ」
「うるせー!」

俺と御幸がごちゃごちゃ言ってる間も、遊夜は俺の胸に顔をうずめたまま離そうとしないし話そうともしない。恋人でもないので俺の腕は抱きしめることもできず、宙ぶらりんだ。

「おい遊夜〜…」

この状態じゃクラスの注目の的だ。それに第一、こいつの好きな男は俺じゃない。

「どうしたんだよ」

手のやり場に困って頭をぽんぽんと叩いてやると、蚊の鳴くようなかすかな声で、遊夜は呟いた。

「亮…さんが…」

なるほど納得。何を隠そうこいつの好きな男は俺の尊敬している先輩、小湊亮介さんだ。

亮さんは時々、俺に辞書を借りに教室にやって来る。たまたまその時に俺と話していた遊夜は、亮さんに一目惚れしてしまったという訳だ。と言っても顔見知り程度から発展していないらしいが。

やれやれ、と一息つくと俺は遊夜
声をかけた。

「で、どーしたよ」
「亮…さんがね…」
「おー」
「今…そこをね…」
「そこ?」
「外…」
「窓から何か見たのか?」

そう言うと遊夜はコクリと頷いた。あ、テメ鼻水拭きやがったなこの野郎。

「亮さんが…女の子と二人で歩いてたの…」

女の子ぉ?

「彼女…いたんだね…」

彼女ぉ?

「ショックだよぉ〜!!」

泣き叫ぶと言うには少し悲劇的過ぎるような気もするが、そんな遊夜をよそに俺は混乱していた。

彼女がいるなんて聞いたことはないし、女の子と二人で歩いてる姿など見当もつかない。俺が知らないだけか?とにもかくにも頭が回らない。

「なぁ御幸」
「ん?」
「彼女いんのか?亮さん」
「俺に聞くなよ。お前のが仲良いだろーが」
「そんな話しねーもん」

遊夜に聞こえないように俺は御幸とひそひそと話す。相変わらず抱きつかれたままなので、腕は万歳したままでそろそろ痺れてきた頃だ。

「ま、心配いらないんじゃねーの」
「あ?」
「後は頑張れよ」
「ちょ、オイ御幸!」

はっはっは、と御幸は笑いながら席に着いた。畜生、逃げやがったなあの野郎。

「泣くなよ、遊夜」
「倉持ぃ〜〜…」
「わかったわかった」

もう、どーすりゃいいのこいつ。

「倉持」

後ろから、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。振り向くとそこには

「亮さん!」
「えっ」

一向に泣き止む気配も、俺を離す気配もなかった遊夜が勢いよく顔をあげた。

「りょうさん…」
「おはよ、遊夜」

ニコッと笑う亮さん。つーか俺はこの状況でどうしろと。離してくれ遊夜。

「楽しそうだね?」
「…亮さんこそ」
「どういう意味?」
「さっき」

遊夜は真っ赤になった目を隠すように、顔を背けて不満そうに言った。

「女の子と…二人きりで学校きてたじゃないですか」

自分で自分で言った言葉に傷ついたような顔をする。なら言わなきゃいいのに。

「あぁ、あれか」

亮さんは納得したようにクスッと笑った。

「み、認めましたね!やっぱ彼女なんじゃないですか!」
「俺彼女なんかいないよ」
「じゃあ誰」
「あ、倉持辞書かして」
「話聞いてます!?」

亮さんに辞書を貸したい気持ちは山々だが、遊夜がくっついたままなのでどうにもできない。

「ちょ、遊夜離せよ」
「やだ」
「はぁ!?」
「だって亮さんが〜」
「それ関係ねーだろ!」

亮さんは相変わらずニコニコしながら言い合いしている俺たちを見ている。何かすげー気まずいんだけど俺。

「倉持、もう辞書いいや」
「でも」
「だって俺持ってるし」
「え?」
「仮にも受験生なのに持ってない訳ないだろ?ロッカーに常備だよ」
「でもいつも俺んとこ借りに」
「ただ会いに来てただけ」

倉持にじゃないよ、と笑う亮さん。

「辞書はいいから、遊夜ちゃん借りるね」

そう言って俺の腰に巻きついていた遊夜の腕を引きはがし、そのまま抱きしめた。

「りょ、亮さ…!?」

驚いてる遊夜とは裏腹に、亮さんはいつものポーカーフェイス。

「俺は辞書を借りにこの教室まで毎回来てた訳じゃないよ」
「じゃあどうして」
「鈍いなぁほんと」

ま、そこが可愛いんだけど、と亮さんは呟いてそのまま

そのまま、遊夜にキスをした。

「遊夜ちゃんは俺のでしょ?何倉持なんかに抱きついてんのさ」
「い…今亮さんキス」
「何か問題ある?」

ニッコリ笑う亮さん。顔を真っ赤にする遊夜。

「ない…です」
「いい子だね」
「じゃあ朝の女の子は?」
「弟」
「……」
「ほんとバカなんだから」

つーかこの二人、ぜってー俺の存在忘れてやがる。

















ヤキモチ妬きなお姫様



(な?心配ないって言ったろ)
(御幸お前…教えろよ)
(損な役回りご苦労さん)


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