強欲なお姫様

俺には、今日どうしてもやらなければならない事がある。

ある女の子にたった一言、言うだけのことがこんなにも難しいとは思わなかった。



「遊夜先輩、誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう御幸君」


朝練が終わったあと、御幸が椎名と話しているところを俺は怪訝な顔で見つめていた。
何で御幸はサラっと言ってしまうのだろうか。


「椎名、おめでとう」
「ありがと!」
「おめでとうございます、18歳なんてもう大人ッスね」
「ふふ、ありがとう」


同級生も、後輩も、みんなマネージャーの椎名をまるで挨拶のように祝う。

俺も、椎名に言ってやりたい。


「…椎名」
「なに?結城君」
「いや…今日の1時間目は世界史だったか?」
「うん、世界史だよ♪」


何で言えないんだ?自分がもどかしくてたまらない。


「何恐い顔してんの」
「む」
「早く教室いこう?」
「…あぁ」


椎名とは同じクラスなので、一緒に教室に向かった。


「遊夜、誕生日おめでと」
「お前も18歳だな!」
「小湊君、伊佐敷君ありがと」


教室に入ると亮介と純がいて、待ってましたといわんばかりに椎名の誕生日を祝った。

俺は、それをただ隣で見ているだけ。


「はいプレゼント」
「なにこれ」
「サクマ式ドロップ」
「何で」
「サクマ式ドロップのどこが不満なんだコラ!」
「いや不満てゆうか、ね」
「いっこちょうだい」


亮介は椎名に渡した缶を引ったくるとテープを剥がし、1つだけ飴を取り出して口にほうり込んだ。

自分であげたくせに自分であけるところが亮介らしい。


「哲は?」
「む」
「遊夜に何かあげたの?」
「いや、俺は…」


まだ言えてさえいない。
『おめでとう』の一言も。


「きゃーっ!!!!」
「どしたの遊夜」
「伊佐敷君が!ハッカ食べさせた!からすぎーっ」
「ハッカだってサクマ式ドロップだ!食え!」
「かーらいーっ!」


ドタバタする椎名と純。

サクマ式ドロップひとつでこんなに楽しそうにするなら、俺もあげればよかった。



なんて考えてるうちに気付けば放課後。部活まで終わってしまっていた。


「結局…言えてないな」



御幸も亮介も純も、きっと増子も丹羽も倉持も沢村も降屋も小湊も監督もクラスメイトもみんな椎名に言ったのに。


俺だけ…



「結城君?」
「む、」
「何ぼーっとしてるの、帰らないの?」


制服姿で声をかけてきたのは、椎名だった。
不思議そうな顔で俺を覗きこんでくる。

…顔が、近い。


「なんか今日の結城君、ちょっとおかしいね?」


そう言いながらクスクスと笑う椎名は可愛い。

その笑顔が見たいから、俺はお前に誕生日おめでとうと言ってやりたいのに。


何でこんなことも言えないんだ。



「あっ」
「どうした」
「結城君!空見て空!」
「空?」


言われるがままに椎名が指さす上を向く。


「オリオン座だよ」
「…もうそんな季節か」
「きれー…」


うっとりと空を見上げ、星に夢中になる椎名。


綺麗だ。



「綺麗だね、結城君」
「椎名のほうが綺麗だ」
「え?」
「オリオン座も綺麗だが、それよりも椎名が綺麗だ」


さらりと言うと、椎名は勢いよく俺に振り向いた。


「え…えっ?」
「好きだ、椎名」
「…うそ」


空を見ることも忘れて、椎名の顔は赤く染まった。


「だから今日、結城君変だったの?」
「いや、それは…もっと言いにくいことがあったからで」
「これよりも?何それ」


椎名はまた驚いた顔で俺を見つめてくる。あまりの顔の赤さにつられてしまいそうだ。


「…た、」
「た?」
「誕生日おめでとう」


言った!!!!


今日ずっと言えなかったことを、ついに俺は言った!!


「…え?」


やりきった感にあふれる俺とは対照的に、椎名は呆然としていた。


「言いにくいことって、もしかしてそれ?」
「?そうだが」
「…綺麗とか好きとかのほうが言いにくいんじゃないの」
「そうか?」


答えると、椎名は笑い出した。なぜだ。


「結城君、ほんと変!」


お腹いたい、と言われるまで笑われるのは不本意だが、そんな椎名が可愛いのでどうしようもない。


「あたし今日いっぱいおめでとうって言われたけど、結城君に言ってもらってないことずっと考えてたんだ」
「…すまん」
「あたし、欲、強いからさ」


笑い終えた椎名は、うれしそうな顔で俺を見た。


「好きな人がおめでとうって言ってくれないの悲しかった」
「…どうゆうことだ?」
「こーゆうこと!」


よく意味がわからない俺に、椎名は抱き着いた。


「あたしも好きよ、結城君」








強欲なお姫様








(…椎名)
(ん?)
(抱きしめていいか?)
(モチロン)


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