男子トイレ、で

ザバッ

「つ…っめた!」

頭からかぶったのは冷たい水。同時に聞こえるのは甲高い笑い声。

「キャハハハハ」
「バカみたーい!」
「ざまーみろ」

体育の授業中、たまたま水道で顔を洗っている時だった。バケツに溜められた水を思い切りあたしの頭にぶっかけて、当然のように笑うのは着飾った女の子達だった。

「……」

反論しないあたし。だって、もう慣れた。

「あんたなんかさっさと御幸と別れろ」

そう、あたしが御幸一也と付き合ってるから。それ以外の理由はない。

「……」
「何とか言えよ!」
「…うるさい」

髪からポタポタと水を垂らしながら、あたしは歩いてその場を後にした。御幸と付き合いだしてから毎日、ファンの女の子達からの嫌がらせ。幸い御幸は気付いていない。あたしが我慢すれば、それでいい。

「ほんと…くだらない」

裏道を通って更衣室にたどり着く。まだ授業中なだけにまわりは静かだ。あたしは自分の鞄からタオルを取り出し、びしょびしょになっている顔と頭を拭った。

御幸が好き。だから、大丈夫。耐えられる。

御幸の邪魔なんかしたくない。守って貰えなくても、御幸が野球に集中できるならそれで良い。

「…御幸」
「呼んだ?」

タオルを口に当ててポツリと呟いた途端、聞き慣れた声に驚いた。

「み、ゆ…っ!?」
「はっはっは、御幸くんここに参上」

振り向くと、更衣室のドアを片足で押さえている御幸の横顔が目に入った。いつものニヤッとした笑顔が向けられる。

「な、何でいんの?」
「遊夜のいる所に御幸くんは居るんだよ」
「ストーカーか」
「たとえ女子更衣室であろうとも!」
「変態か」

冷静に突っ込みながらも、内心は凄く驚いていた。まさか見つかるなんて思ってなかったから。

「野球部なのにサボっちゃだめでしょ」

戻んなよ、とあたしは笑って言った。やだ、行かないで。嘘、だめ、言っちゃいけない。

「…御幸?」

戻れと言ったのに、御幸はツカツカとあたしの方に歩み寄ってくる。

「かして」
「え」

持っていたタオルを奪い取られ、頭をわしゃわしゃと拭かれる。

「わ、ちょ、御幸」
「どうした、コレ」

低い御幸の声に、あたしの肩はビクっと震えた。恐い、でも言えない。御幸のファンに嫌がらせされてる、なんて。

「遊夜」
「…っ」

言えない、よ。

「水道で顔洗ってたら、蛇口捻りすぎて大噴射しちゃって!ビッショビショになっちゃった」

たははーとあたしは笑った。顔を上げると、そこには真剣な御幸の顔。思わずだじろいだ。

「嘘言うな」
「…ホントだから!あたしもう戻るねっ」
「オイ、遊夜!」

呼び止める御幸の声を無視して、あたしは更衣室を飛び出す。

あたしは嘘が下手だ。あれ以上御幸と一緒にいたら、きっと御幸に言ってしまう。それだけは絶対に避けたい。


「…っはあ、」

逃げることだけ考えて走ったので、着いたのはよく分からない場所だった。確か、運動場近くのトイレのそばだ。

御幸が追いかけて来ていないかを確認し、とりあえず隠れるために女子トイレに入った。

「あ」

最悪。あたしはトイレに入った事を後悔した。

「椎名じゃん」
「さっきはよくも文句言ってくれたね!」
「サボリとか良い度胸」

鏡の前にいたのは、あたしを苛めている御幸のファン達だった。

「あんた、さっさと御幸と別れてよ!」
「釣り合ってないこと分かってるんでしょ?」

うるさい。バカみたい。あんたに御幸とあたしの何が分かるの。

「早く別れろよ!!」
「死ねばいいのに!」

うるさい。何でこんな事言われんの。悔しくて涙が出そうになる。

「何とか言えよ!!」

「…うるさい」

うるさい、うるさい、

あたしは潤んだ瞳で、キッとファンの女の子達を睨んだ。

「あたしは絶対に御幸と別れないよ」

あんた達なんかに譲ってあげない。

「…っ生意気!!」

頭にきたのか、ファンの一人があたしに向かって右手を振り上げた。あたしは条件反射で、思い切り目をつむった。

…ぶたれるっ、

バシッ

「…え?」

痛く、ない?

恐る恐る目をあけると、そこには居るはずの無い人が立っていた。

「御幸っ!?」

あたしを叩こうとしていた手は、軽々と御幸に掴まれている。

「…何してんの?」

さっき聞いた、低い声がトイレに響く。ファンの女の子達の体は震えて、顔は青ざめている。

「こ、これは…」
「ふざけんじゃねえよ」

必死な顔をする女の子の手首を思い切り離し、代わりに御幸はあたしの腕を掴んだ。

「コイツに何かしたら、承知しねーから」

深く低い捨てゼリフと女の子達を残して、あたしは御幸に腕を引かれたまま女子トイレを出た。

その勢いでか、何故か隣の男子トイレに連れ込まれる。いや、あたし一応女なんですけど。

「み、御幸っ」

名前を叫ぶと、御幸はピタッと止まった。ビビりながらもあたしは御幸の後ろ姿を見つめる。

「…御幸?」

震える声でもう一度呼べば、ゆっくりと御幸は振り向いた。

その顔は笑っていた。

「女子更衣室も女子トイレも行っちまったな!」
「…っ」

バレてしまった、苛められていることが。御幸の笑顔は、全てを分かっている顔だった。

「遊夜…ごめんな」
「御幸は、悪く、ない」

今更になって涙がボロボロとこぼれた。嗚咽でうまく喋れない。

御幸は自分のファンがあたしを苛めていた事に、気付いてる。御幸は絶対に、自分を攻めてる。

違う。御幸は悪くない、御幸は悪くないよ。

「ごめんな、」

謝らないで。御幸は何にも悪くないのに。

「…御幸!」
「え…」

あたしは御幸の頭を思い切り引っ張って、力の限り背伸びした。そのまま自分の唇を御幸の唇に押し付けた。

「…もう謝らないで」

顔を真っ赤にして言うと、御幸も顔を真っ赤にしていた。

「助けてくれてありがとう、大好きだよ御幸」

なんだか凄く愛しくて、あたしは微笑んだ。

「…遊夜」
「御幸顔赤い。珍し」
「なっ」

動揺してる御幸。ぷぷ、貴重だし。あたしが優勢とか嬉しー。

なんて珍しい優越に浸っているのも束の間。

「自分からキスして、タダで済むと思うなよ」
「へ」

あっという間に、いつもの御幸の余裕な顔。

「水かぶってるから、ブラ透けてるし」
「う、嘘!」
「御幸くん、もう欲情しまくりだからね」
「だ、だめ」
「襲っていい?」
「ちょ」

反論する間もなく、壁に強く押し付けられる。そのまま御幸に深く口付けられた。

「……んん…っ」

激しすぎる。あたしと御幸の唇の狭間から、時折雫が流れて地面に落ちる。頭がクラクラした。

「遊夜顔エロい。誘ってんの?」
「ち、ちが」
「…いい?」

上からジーッと見つめてくる御幸。いい?ってのはアレだよね…。こんな所で?あぁもう何かどうでもいいや。

コクンと頷くと、御幸は待ってましたとばかりにビショビショに透けているあたしの体操着を慣れた手つきで捲った。





男子トイレ、で































(トイレでとか初めて)
(あたしもだよ…)
(気持ちよかった?)
(聞かないでーっ!!)
(あのスリル感がまたたまんないよね)
(言うなバカーっ!!)

確かに恋だった
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -