校庭の真ん中で
最初は、野球なんて興味なかった。けど一生懸命練習しているあの人を見てから、あたしは毎日グラウンドをこっそり覗くようになった。
「お、遊夜〜今日も来てたんだ」
「うん!」
「ヒャハ、ほんと毎日ご苦労だな」
日も暮れて辺りは真っ暗。ちょうど野球部の練習が終わったとき、フェンス越しにグラウンドの中心からあたしに声をかけたのは同じクラスの御幸君と倉持君だった。
「まぁ目当ては相変わらず哲さんだろーけど」
「倉持君っ声大きい!!」
あたしはグラウンドの外、二人はグラウンドの中心で話しているわけで。声は大きい。サラッと言われた言葉に動揺する。あたしは喋った事もない、野球部のキャプテンの結城先輩が好きだった。泥だらけになっても必死にボールに食らいつくその姿に一目惚れしてしまったのだ。
「はっはっは、哲さんが羨ましいぜ」
「遊夜は哲さんばっか見てるよな〜」
「大丈夫だよ!御幸君と倉持君も応援するよ」
冗談めかして寂しそうにする2人にあたしは笑顔で言った。すると2人は硬直して、あたしを凝視する。
「…鈍いよな」
「遊夜は素だからな」
「え、何の話?」
こっちの話、と御幸君はニヤッと笑う。あたしは1人話についていけず、怪訝な顔をした。
「御幸、倉持」
話すあたし達に声がかけられる。その声の持ち主を見た瞬間あたしは固まってしまった。
「あ、哲さん」
「何をしてる、早く寮へ戻れ」
制服姿の結城先輩。御幸君は結城先輩と話をしていて、倉持君はあたしをニヤニヤしながら見てくる。くそー。
「遊夜ー!!」
「来いよ!!」
見つめるあたしに御幸君と倉持君が叫ぶ。あたしは一瞬戸惑いながらもフェンスを軽く飛び越え三人のいるグラウンドの中心まで走った。
「…な、なに」
広いグラウンドを全力疾走で駆け抜けたあたしは息を切らせながら尋ねた。すると御幸君があたしの頭をがっしりと掴んで笑う。
「哲さん!こいつ俺らのクラスメートです!」
「椎名っていうんっすよ、一応女っす」
御幸君が掴んでいる反対側から今度は倉持君が掴んで言葉を続ける。一応?一応女ってちょっと失礼じゃない?
「こ、こんにちわ」
二人の腕を振り払い、真っ赤な顔をしながらも結城先輩に笑いかける。
やばい緊張する。あの憧れの結城先輩が今、あたしの目の前にいる。どうしよう心臓が爆発するかもしれない。
「哲さんこいつ毎日練習見に来てんすよ!」
「知っている」
ん?
今の御幸君の暴露も突っ込みどころ満載だが、結城先輩の返答にも大変疑問を感じるぞ。
「え、知ってるんすか」
「椎名が毎日練習を見に来ているのは、俺も毎日椎名を見ているから知っている」
え、ちょ。いきなり過ぎて頭がついていかん。だって相変わらず結城先輩は真顔だし。普通の顔色であたしのこと直視してくるし。
「…じゃああたしが結城先輩ばっか見てることも知ってるんですか?」
思わずポロッと口から疑問が飛び出した。倉持君と御幸君は呆然としながら様子を見ている。
「勿論だ」
聞いてた話と違います。倉持君と御幸君に結城先輩の話をいつも聞かせてもらってた。確か天然だったんじゃないの?
じゃあ今このあたしの目の前にいるのは?
「…じゃああたしが先輩を好きっていうことも知ってますよね?」
「勿論だ」
緩く微笑んだ後、結城先輩はあたしにキスをした。
校庭の真ん中で
(ゆ、結城先輩?)
((哲さん!?))
(む、まだいたのか倉持御幸。早く寮へ戻れ)
(…やっぱり天然?)
確かに恋だった