プライドないの?
『元彼』。あぁ、なんて嫌な響きなんだろう。
「椎名?」
「…あ、倉持おはよ」
「顔真っ青だぞオマエ」
「んー何でもないよ」
登校すると、朝練を終えたばかりであろう隣の席の倉持に顔を覗かれた。本当にコイツ、よく見てるんだよな。あはは、と笑い飛ばしても倉持は疑い深そうにあたしを見つめた。そりゃ信じないだろうね、今めちゃくちゃ気分悪いんだから。顔が青くても無理はない。
「なあ、」
「何よ」
「御幸でかよ?」
ザッツ ライト。君の唯一の友達の御幸一也のせいだよ。さっき廊下ですれ違ったばかりの、あたしの『元彼』だ。
「よく分かるねー」
「お前、重傷だよな」
あたし達が付き合ってたのは一年のとき。4ヶ月くらいは続いた。本当にラブラブで、あたしは御幸が大好きだった。御幸もあたしを好きでいてくれて、一生一緒にいようなんて言ってた。なのに、そんなの全部口先だけの嘘だった。
「…倉持ごめん、御幸の話しないでほしい」
気持ち悪い。吐きそうになる。手を出してきた癖に責任もとらずにさっさとあたしを振った御幸。理由もマトモに教えないまま別れた御幸。たくさんの約束をやぶった御幸。姿を見るだけで目頭が熱くなるのに、何でまた同じクラスなんだろう。あたしは本当についてないと思う。
「なぁ椎名、御幸なんか引きずるなら、俺と付き合えよ」
「…へ?」
今、なんつった?倉持があたしと付き合う?そんな話あるわけないよ。
「もう、冗談やめて…」
小さく笑いながら倉持に目をやると、真っ赤になった顔が見えた。嘘、本気なの?倉持。それは同情?本当にあたしを?でも、あたしは、
「俺は、本気」
「…っ」
あたしは、御幸が。
「ご、ごめん!!」
普段ちゃらけた倉持が、真剣な表情で見つめてくる。耐えられなくなったあたしは教室を飛び出して、倉持から逃げた。行く宛もなく走って、着いたのは立入禁止のはずの屋上だった。
「…あ…あいてる」
倉持は追いかけてこない。さっきチャイムがきこえたから、もう授業が始まったんだろう。あたしは立入禁止の札が貼られたロープを乗り越え、屋上に足を踏み入れた。
無言で床に腰をおろす。屋上なんて、初めて入った。風が心地良い。あぁ嫌なことなんか全部忘れてしまいそう。倉持に告白されるなんて考えたことなかった。付き合えば、この御幸への未練もなくなるのかな?ねぇ、苦しいよ。別れてからもう一年もたつのに、まだ御幸が好きなんだ。
「あれ、遊夜」
「…え?」
突然後ろから声をかけられ振り向くと同時に、あたしは驚いた。
「み、御幸」
「何してんの?」
「さぼり…かな」
「…ふーん」
御幸は興味もなさそうに納得して、あたしの隣に腰をおろした。どうしよう何でこんな近くに座るの!?気まずいとか考えないの!?あんた、一体いくつの約束をやぶってあたしと別れたと思ってるの!?
「……」
あぁ、心臓が痛い。どきどきする。苦しいよ御幸、あたしあんたがまだ好きなんだよ。どれだけ裏切られても…ずっと想っていたいんだよ。
「…遊夜?顔青い」
「え、嘘」
「何かあったか?」
はい、ありました。アナタが今あたしの隣にいて、あたしと喋ってるだけで一大事ですから。そんな心配そうな顔で覗き込んでこないでよ、また心臓うるさくなるよ。…なんてこんなこと全部、振られたあたしには口が裂けても言えない。
「あー…えっとね」
「うん?」
「倉持、に告られた」
たははーと冗談まじりに言ってみたのに、御幸の表情は固まった。
「マジで?」
「え、うん」
何か、あたしマズいこと言っちゃった?
「付き合うのか?」
「わ、わかんない」
期待しちゃダメなのに。御幸が聞いてくるのは、倉持と友達だからだ。あたしなんかきっとどうでもいいんだ。ねぇ、そうなんでしょう?御幸。
「どっちでも、御幸には関係ない話じゃん」
あたしバカだな。まだ好きなくせに、自分から突き放すようなこと言って。せっかく御幸がまた話しかけてくれたのに、ほんとにバカ。
もう行っていいよ、御幸。あたしなんか気にしないでいいんだよ。
「…ふざけんな」
「え?」
急に腕を思い切り引かれ、気付けば御幸に抱きしめられていた。
「ちょ、み、御幸!?」
今何が起こってるの?体が近い、顔が近い。昔みたいな懐かしい距離。
「やめろ」
「え?何が」
「…付き合うな」
なに、それ。ねぇ御幸やめてよ期待しちゃうよ?あたしがしつこい事知ってるでしょう?
「なんで、よ」
「…分かれよ」
「倉持が好きなの?」
「それは絶対ねぇよ!!」
あ、そうだよね御幸ストレートだもんね。うん、じゃあ一体何で?
「…あの約束有効か?」
「なにそれ」
「ずっと一緒ってヤツ」
「…え」
御幸。御幸。御幸。
本当に期待するよ?あたし、バカだもん。
「振ったのは御幸だよ」
「…あの時は、嫉妬の限界がきてたんだよ」
「倉持?」
「そー」
あたしが昔から倉持と仲良くしてたから?だから御幸が辛いから別れたの?御幸もバカだね、あたしもバカだけど。いざ倉持とあたしが付き合うってなったら、それはダメなんだ?
「プライドないの?」
「そんなもんいらねぇ」
「…バカ、」
「必要なのはお前だけ」
お前がいなかった一年間ほんとにつまんなかったし、ほんとに後悔した。御幸はそう言いながらあたしを強く抱きしめた。あたしは涙が溢れそうだった。御幸の彼女にまたなれるなんて、考えてもなかったから。
「もう、離さないで」
「絶対離さねーよ」
御幸はあたしが必要なんでしょ?あたしも御幸だけが必要なんだよ。
(倉持ー!あたし御幸と元サヤに戻れたの!)
(俺もしかして自分でキッカケ与えたのかよ)
(ありがとー倉持♪)
(…まぁ、いいけどよ)
お前が笑っていられるなら、他はどうでも。
確かに恋だった