眠くなってきた
「ごめん、待った?」
「いや俺も今来たところだ。行こう、遊夜」
嘘つき、ずっと待ってたくせに。この集合場所に来るまでの電車から見えたんだよ?ソワソワしながらあたしを待ってる哲が。だからあたしは電車を降りた途端、走ってここまで来たんだよ。
「…ぷっ」
「な、何を笑っている」
「なんでもなーい♪」
今日は哲と初デートだ。付き合ってから半年にして初めてである。まぁ哲は野球があるから当たり前なんだけどねー。たまに休みがあっても自主練をするから遊べない。でも今日は、哲から言い出してくれたデート。帰ったら自主練するらしいんだけどね。
「ね!どこ行くの?」
「とりあえず…映画」
「わあ哲にしてはマトモな所選んだねっ」
「どういう意味だ」
だって哲だったらバッティングセンターとかボーリングとか卓球場とか、運動系選びそうだし。まさか普通にカップルが行く映画館なんて意外。……って、あれ?
「て、つ?」
「…なんだ」
手、握られた。そのまま道を歩いていくあたし達。やばい何だか凄いカップルみたいだ!いやカップルなんだけど。哲の方をチラリと見ると、顔が少し赤くなっていた。
「えへへっ」
思わずにやけた。やばっ、幸せ過ぎるー。とか言ってるうちに映画館に着いてしまった。
「遊夜、何が観たい?」
「えっあたし?」
あたしが決めるのか、責任重大だな。哲が嫌じゃないもの…どれだ?
「こ、これ」
「分かった」
うわやっば、てきとーに洋画選んじゃった。カッコつけすぎたかも。あたふたしてるあたしとは裏腹に、哲はチケットを買ってさっさと戻ってきた。そのまま劇場へはいり、映画が始まる。あ、これ日本語吹き替え版じゃないじゃん字幕じゃん。全然わかんない、あたし英語の成績は中学からずっと「2」なんだよね。わかんないしわかんないし、なんかもぉ眠い…
……。
「おい、遊夜」
「うえっ!?」
「映画終わったぞ」
「まじですか!?」
やばいやっちゃった。物凄い熟睡してた、彼氏との初デートで!あぁあたしってありえない!
「ご、ごめんね…」
「いや…」
どうしよう、せっかく哲がチケット買ってくれたのに。
「遊夜」
「…ん?」
きっと、哲も怒ってるに決まってる…
「寝顔、可愛かったぞ」
「…っ」
哲はにっこり笑ってあたしに言った。途端に、あたしの顔は安心と恥ずかしさで一気に赤く染まった。
「理性が飛ぶかと思って、大変だった」
うわ。嘘。やばい。
…哲が愛しすぎる。
何でこんなに優しいの?こんなダメなあたしを好きでいてくれるの?ねぇ、あたしなんかが哲の彼女でいていいの?
「哲、だいすきー」
そう言って哲に抱きつこうとしたら、思わぬ邪魔が入ってしまった。
「あれ、遊夜?」
「あん?哲と遊夜じゃねーか」
う、わ、あ。この声は、小湊と伊佐敷じゃありませんかー。
「む、亮介、純?」
なんでだー!!!!!!せっかく哲とラブラブで初めてカップルらしくなってたのに、こんな所で邪魔がはいるなんてー!!!
「誰が邪魔だって?」
あたしの心を読んだ小湊がニコッと微笑む。…君は読心術者かい?
「いや、伊佐敷が」
「あぁん!?俺限定かよ亮介が怖いからって!」
「純うるさいよ」
あぁ2人とも黙ってよ。哲が何も言えなくなってんじゃない。何でこうなるのー!
「そういえば哲と遊夜はデート中?」
「あ、うん映画行ってきたんだ」
「どうせ遊夜は最後まで寝てたんだろが!!」
「何で分かんの!」
「いや普通分かるよ」
「鞄から洋画のパンフレット見えてんだよ!!」
小湊と伊佐敷と三人でギャンギャン言い合っていると、突然哲があたしの腕を引っ張った。
「…哲?どしたの」
「眠くなってきた」
珍しい事を言い出すものだからびっくりした。眠い?あたし、さっき充分寝ちゃったから人のこと言えないんだけどさ。
「じゃあ、帰る?」
「俺の家」
「え、行くの?」
「あぁ」
目も合わせずに哲は言うと、あたしの腕から手へと握り変えた。
「じゃあな亮介、純」
「うん、じゃあね」
「また学校でな!」
あたしも小湊と伊佐敷に手を振ってから、哲と一緒に歩いた。でも無言。何だか行きとは全然違った空気で、怖かった。
「お邪魔しまーす…」
哲の家に着くと速攻に案内された哲の部屋。勉強机の椅子に座るわけにもいかず、とりあえずベッドに腰掛けた。案外、綺麗に片づいてる。
「…遊夜」
「ん?…え、哲」
名前を呼ばれて顔をあげると、すぐ目の前には哲の顔があった。驚いてる暇もなく、キスされた。
「…、っ」
声も出ないくらい、あたしと哲の唇は離れなかった。そのまま哲は強くあたしを抱きしめて、2人一緒にベッドに倒れた。それでも唇は、まだずっとつながったまま。
「…!?」
びっくりした。哲の舌が、あたしの口に入ってきた。これは、いわゆるベロチュー?何これこんなの初めてなんだけど。
「て、つっ!」
顔を背けて唇を離した。どうしたの?いつもの哲じゃない。こわい、
「…哲?」
「すまない」
何が「すまない」なの?そんな言葉が聞きたいんじゃないよ。ねぇ、あたしを見て話してよ?一体何を考えてるの?
「…遊夜、」
「なに?」
「頼むから、あまり他の男と話さないでくれ」
唐突な、哲の言葉。あたしは自分の口が、文字通りあんぐりとあいたのが分かった。
「格好悪いだろう、笑ってもいいぞ」
「そんな事ないよ…」
嫉妬、してくれたんでしょう?
「あたしは、哲しか見えないよ?」
「遊夜…好きだ」
「あたしも…っ」
好き、と言おうとしたのに。哲はあたしの唇を塞いでしまった。さっきと同じ、ディープキス。さっきは凄く怖かったのに今は全然怖くない。甘くて、優しくて、むしろずっとしていたい。
「嫉妬」って、ある意味媚薬になるんだね。
(て、哲…長いよ)
(俺は全然平気だが)
(あたしは息がもたない!死ぬかも)
(じゃあ殺してやろう)
(えっ、…ちょっ)
確かに恋だった