04
 夢を見た。妙に生々しい夢だ。学校から帰ると、家が火事で燃えている。私は慌てて中へ入ろうとするが、炎が激しく入れない。そのうち消防車がやってきて、ホースから出る水によって鎮火される。中から、担架で運び出されてくる人。もはや、直視できない状態だった。私はただ茫然とその光景を眺め、警察の人に肩を叩かれるまでその場を動くことが出来なかった。
 私は、とても恐ろしかった。なぜなら私はこの時、なんともいえない開放感を味わっていたからだ。

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 目覚ましが鳴る。今日も長い一日の始まりだ。夢の内容を思い出し、それを払拭するように軽く頭を振る。先日、吉良さんの家にお邪魔したが、ここの家の者は全く気にしていないようだった。一言付け加えるのは忘れないが。
 いつも通り、朝食を用意する。それが終われば洗濯。毎度の如く理不尽な言いがかりをつけられたが、無視をすると面倒なことになるので適当に相槌を打つ。
 やっとのことで朝食を食べ、テレビで天気予報を見てから学校へ行く。学校へつくと、クラスメイトと挨拶を交わす。皆と世間話もするが、数人で輪を作るような関係性の人は誰一人としていない。だが、それでよかった。今までもそうやってきたからだ。
 夕方になると、部活に所属していない人は早々に帰ってしまう。私もその一人だ。だが、この日は今朝見た夢の内容が引っかかり、帰るのが恐ろしかった。図書館に行き、閉館ギリギリまで居座ることにした。帰る頃には、外は薄暗く、少し肌寒くなっていた。

 家へ帰る道のりで、普段ならば夕飯はどうしようかと考える。冷蔵庫に何が残っているか、何が足りないかを必死に思い出すのだ。だが、今日は家路を急いだ。ひっきりなしにサイレンが鳴っているのだ。しかも、その音は道を進めば進むほどに大きくなる。今走っている道も、いつもならば人がいないはずなのに、今日に限って人が多い。家へ近付けば近付くほどその数は多くなる。

「はっ」

 走ったせいか、息がもれる。私はふらふらとそこへ歩み寄る。家が、燃えていた。赤く激しい炎は全てを飲み込み、黒い空を照らしている。消防士が懸命に消火活動を行っている。数名の隊員が、家の中に入っていく   

「名前!」
「き、吉良さん……」

 吉良さんの手を借りなければ、崩れ落ちてしまいそうだった。私の育った家は、炎によって消されようとしている。様々な思い出を抱えて、黒煙を吐き出しながら、炎は全て消していく。警察の人が話しかけてきた。話を聞くため、署へ同行して欲しいらしい。私は頷いた。パトカーへ乗り込むと、それはすぐに走り出した。後ろを振り返ると、吉良さんがこちらへ軽く手をあげるのが見えたので、私も軽く手をあげた。

 署へ向かう間、今朝見た夢のことを考えた。
 あれは正真正銘、正夢というやつだろう。ここまで細かい描写が合っているのが恐ろしい。加えて、私の心もそうだ。どうして、何も感情が湧かないのだろう。むしろせいせいしている。まだどうなるか分からないが、燃えさかるあの家の中には人がいたに違いない。いたとしたら、間違いなく死んでいるだろう。素人目でも、あの火事はそう判断できた。
 違う、これは偶然だ。そう思いたかったが、現実は違った。

「……お疲れ様、もう帰って良いよ。今夜は、災難でしたね」
「いいえ……ありがとうございました」

 長い取り調べを追えて署を出ると、車が目の前で停車する。中から出てきたのは、吉良さんだった。

「お疲れ様。迎えに来た」
「……?」
「君、帰る家も無いだろう。ひとまず、私の家に来なさい」
「……わかりました」

 時刻は午前0時を回っていた。車内はラジオをつけたりする事も無く、時々ガタンと音を立てる地面からの震動と、タイヤが回っていることを示すこもった音だけだった。長い事情聴取に疲れ切っていた私は、吉良さんの家に着くまでついうとうとと眠ってしまった。そして、またしても夢を見たのだ。

 私の住んでいた家が見える。扉から、私が出てきた。制服を着ているので、学校に行く所なのだろう。自分で自分を眺めるのは、少しむず痒い。視点がぐるりと回転し、今度は吉良さんの背中に移る。ちょうど、私の家の前のようだ。辺りが薄暗いので、夕方なのかもしれない。
 吉良さんは、周りに誰もいないことを確認すると、キラークイーン……だったか、を発現させた。そして、キラークイーンの左手から何かを発射する。その発射されたものは家の周りを一周したかと思うと、壁をよじ登り、開いていた窓から家の中へと侵入した。しばらくすると、大きな爆発音と共に焦げ臭いにおいが鼻をついた。私はこの後の出来事を瞬時に悟った。辺りを見渡したが、吉良さんの姿はどこにも無かった……。

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…………

「名前、着いたよ」
「あっ、す、すいません。すっかり寝てしまって」

 吉良さんに声をかけられ、目が覚める。冷や汗をかいた額を拭いながら、車から降りた。私は、またとんでもない夢を見てしまったらしい。
 吉良さんが、あの火事を引き起こしたのだろうか。血が繋がっていないとはいえ、私の家族を殺し、涼しい顔で隣を並んで歩いている男。私はこの時初めて、吉良吉影という人物に恐れを抱いた。
 だが同時に、なんて素敵なんだろう、とも思った。永遠に続くとも思われる鬱屈した世界から解放され、私はとても晴れ晴れとした気分だった。吉良さんが、暗い沼の底から救い出してくれたのだ。
 世間一般的には、許される事では無い。しかし、私にとって吉良さんは恩人だ。そう思う私は狂っているのかもしれない。いや、むしろそれが、私にとっては正常なのかもしれない……。



 吉良さんの家で、いつかのように机越しに向かい合って座っている。私は先程見た夢のことを、正直に口にした。吉良さんは黙って聞き、私が話し終わるまで待っていた。

「吉良さん、吉良さんがやったんですか?」

 最後に、私はそう付け加えた。吉良さんは短く息を吐くと、少し微笑む。そして、酷く冷静に言った。

「夢で見たからどうしたと言うんだい?」
「責めるつもりはありません。ただ、どうしてこんなことを……」
「私がやったと主張するにしても、証拠は無い。所詮、悪い夢だ」

 鋭い目つきだ。吉良さんは一見どこにでもいそうな印象を受けるが、目だけは昔からギラギラと輝いていた。獲物を捕らえるようなそれに見つめられると、心臓が跳ねるように脈打つ。

「では、どうして左手を怪我しているのですか」
「これは……会社でちょっとね」
「吉良さん、本当のことを教えてください。なぜ、貴方が  

 そう問い詰めると同時に、背中が床に打ちつけられた。ギラギラとした目つきがこちらを見つめていた。
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