02
 胸に違和感を感じた瞬間、途端に息が苦しくなり血が溢れた。直接は見ていないが、なにか温かいものが胸部から腹部にかけて垂れる感覚があったし、酷く胸が痛むので血だと感じた。視界はどんどん暗くなり、自分が意識を失いかけているのだと何故かはっきり理解していた。倒れる寸前、私の身体が吉良さんに抱かれるのが分かった。
 そして私は、夢を見た。吉良さんの後ろを歩く夢だ。昔から、私はこの人の背中を見つめ続けた。いつの頃からか、親しみが憧れへ変わり、憧れが恋心へと変わっていった。吉良さんは、私を置いて先へ歩いていってしまう。私は、吉良さんがいなければ生きる意味なんて無いのと同じだ。待ってと声をかけても、吉良さんは振り向いてくれない。走っても、追いつけない。
 その時、後ろから声が聞こえた。振り向くが、誰もいない。しかし、何かがいる。私は目を凝らした。相変わらず姿は見えないが、その目に見えない存在は確かに言ったのだ。

「私ハスタンド」

 目を覚ますと、私は見慣れた場所で横になっていることに気付いた。ここは、リビングのソファだ。起き上がると、何かが頭にぶつかる。視線を動かすと、ピンクの……大きい猫のような、人のような、なんと形容していいか分からないが、人型のピンクの猫が私を見つめていた。とても驚いたが、寝起きの覚醒していない脳では叫ぶという考えは無く、低いうなり声が漏れただけだった。

「起きたかい?」
「吉良さん、この人は誰でしょう?宇宙人ですか?」
「ああ……スタンド、と呼ぶらしいよ。私の分身だ」

 吉良さんは隣に座ると、丁寧に説明を始めた。スタンドのこと、私に刺さった矢のこと、刺されて生き残った者は、スタンドと呼ばれる能力が生まれること。

「名前にも、スタンドが発現しているのかもしれないね」
「スタンド……」
「ところで  名前」

 吉良さんはスタンド(キラークイーンと呼んでいるらしい)をしまうと、厳しい目つきに変わった。私は、吉良さんが言おうとしていることがわかる。私が住んでいる家で何があったか、だ。言うのは簡単だが、果たしてそれで「どうすればいい?」と吉良さんが言ってくれるとは限らない。
 私は、吉良さんの求めているものが何か分かっている。直接聞いたことは無いが、秘密にしている何かが分かる。それはずっと、彼のことを見ていたからだ。
 あの家に帰ると思うと胸の辺りが凍るような思いだが、ここに来ると何故か落ち着ける。私にとっての安らぎの場所はここだ。しかし、長居していては吉良さんに迷惑がかかってしまうだろう。ただでさえ、取り乱してここへ来てしまったのだ。

「吉良さん、もう大丈夫です。泣いたら落ち着きましたから。お邪魔しました」
「もう帰るのかい?」

 吉良さんは普段はどこか素っ気ないけれど、時々とても優しくしてくれる事がある。私が小さい頃、吉良さんと二人で子供向けの教育番組を見ていた時のことだ。いつも並んでソファに座っているのだが、ある日、吉良さんは突然私を持ち上げ、自身の腿の上へ座らせたのだ。それは、後ろから抱きかかえる形なる。今考えるととても恥ずかしいが、当時は嬉しくてはしゃいで、大いに笑ったのを記憶している。後で思い返して見ると、その日は私が大切にしていた髪飾りのゴムが切れてしまい、吉良さんの家へお邪魔するなり泣き叫んでいたのだった。それを見かねた吉良さんが、私の好きなテレビ番組を一緒に見ようと提案し、そして私が嬉しがるようなことをしてくれたのだ。
 きっと、今もあの時と同じ事をしようとしているのかもしれない。

「夕飯、まだだろう?すぐできるから、食べていくといい」
「え、いいんですか?」
「簡単なものしか出来ないけどね」

 吉良さんは私を追い出して、すぐにでも"彼女"と戯れたいはずである。だがこうして私のために時間を割いてくれることが何よりも嬉しいし、今はそれだけで満足だ。

「お手伝いします」
「大丈夫だ。座っていなさい」
「いいえ、座りません。こういう時くらい、恩を返させてください」
「頑固だな」
「ありがとうございます」

 褒めていないだろう、と言いながら吉良さんはフライパンから手を放す。私はフライパンを持とうとするほんの一瞬、空中へと放された吉良さんの手にそっと触れる。これが、私の"彼女"に対するささやかな抵抗だ。私の手は綺麗とは言えないけれど、この際嫌われてもいい。少しでもいいから私を見て欲しい、そう願って。
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