もしも魔法が使えたら

 "もしも魔法が使えたらどうする?"

 …子供の頃、幾度となく夢想した。幼い私は、決まって「お姫様になりたい」だの、「お花屋さんになりたい」だのと周りの子供と大差ない願いを夢見ていた。それも高校に入学する頃には、そんなことも考えてたな、くらいで、夢見ることもなくなった。
 それでも時たま「もしも魔法が使えたらなあ」なんて、思ったりもする。

 魔法以外にも、私はどこか日常のなかに事件というか、非日常的なことが起こらないかと密かに期待を込めて日々を過ごしていた。
 血なまぐさい事件ではなく、有名人が来たとか、隣のクラスに転入生が来たとか、些細なことでいい。何も変わらない日々に何らかの刺激を求めていた…のに。
 今朝、私の身に起こった事は”魔法”でもあるし、そして大きな”事件”でもあるのだった。

 いつものように家を出た私は、夜更かしをしたせいでかなり足下が覚束なかった。睡眠時間は仮眠と呼ぶに等しく、目も殆ど開けていられない。…そう、たしか横断歩道を渡ろうとした時だ。
 その横断歩道は信号がなく、車もあまり通らない。私は辺りを見回し、車がいないことを確認すると一歩、また一歩と目を擦りながら歩く。…本当に、とてつもなく眠かったのだ。車道の角から猛スピードで走ってくるバイクに、私は反応が遅れてしまった。
 「あっ」と思ったときには視界は空、次の瞬間には固い地面に身体が打ちつけられる。鋭い痛みが全身を駆け巡ったので、「どこか折れたかも」なんて冷静に考えていたりもした。

 バイクは戻ってこなかった。身体を動かそうにも、重くて痛くて動きそうにない。この時やっと、私は死を意識した。鞄の中に携帯があったことを思い出したが、目線を動かせる範囲ギリギリまで見渡しても、鞄は見つからなかった。ぶつかった衝撃で吹っ飛ばされたのかもしれない。

「……た、す」

 声が震えてる。ああ、もう本当にだめだ。こんな事になるなら、夜更かしなんてするんじゃなかった。魔法、使えたらなあ。怪我治すのになあ。

「おい、仗助!人が倒れてるぞ!」
「人ォ?」

 微かに人の声がする。仗助?誰だろう。名前からして男の子だろうか。

「…まだ助かるかもしれねえ」
「仗助、本当か!?」

 仗助、と呼ばれた子の姿を捉えることはできなかった。でも、仗助という人が私を助けようとしてくれている。視界が暗闇に包まれ、意識を手放す瞬間。なにかが、私の身体に触れたような気がした。



「…お、気付いたか」

 特徴的な頭をした男の子が初めに発した言葉はそれだった。もう一人も特徴的な頭をしていたが、彼の場合は私が目線を向けたことで溌剌とした笑顔をしてくれたのが印象強かった。
 それよりもまず驚いたのは、バイクに轢かれたというのに身体が何ともないことだった。ソファから勢いよく起き上がったが、身体が痛むどころか、むしろよく寝たお陰でピンピンしているようだ。

「あの、私、怪我してたはずじゃ…」
「え!あ、それはー…」

 リーゼントの男の子が、途端に慌て始める。だがそれも少しの間だけで、「急に目の前で倒れたから、とりあえず家に運んで介抱した」と説明した。後ろにいた男の子も凄い勢いで首を縦に振る。

「でも、骨だって折れてたはず   
「見間違いだろ〜!?な、億泰!?」
「そ、そうだ!俺達が駆けつけたとき、お前気持ちよさそうにスヤスヤ眠ってたんだぜ?」

 なぁ!?と、億泰、と呼ばれた子はだよな仗助、と再びリーゼントの男の子に同意を求める。
 仗助…仗助?私はバイクに轢かれた時のことを思い出す。瞬間、「あー!」と今までの中で一番大きいであろう叫び声を発した。

「なんだよ!急にデカい声出すなよ!」
「仗助くん?仗助くんっていうの?」

 リーゼントの…仗助くんは、驚きに目を丸くしたまま頷く。
 私はその時、気が動転していたのかもしれない。でも、彼が…仗助くんが、怪我を治してくれたということは確信を持っていた。証拠は無いが、そう思った。だって、怪我をしていたのは事実。痛みだってあった。それが、こんなに綺麗さっぱり無くなっている。私は、思わず口走ってしまったのだ。

「仗助くんは、魔法使いなの!?」

 その後は散々だった。億泰くんは笑い転げるし、仗助くんは仗助くんでいくら質問責めにしても決して種明かしはしてくれない。億泰くんも何か知っているような感じがしたが、決して口を割ることはなかった。

「…魔法使いかどうかはわからないけど、本当にありがとう。私、あのままだったら死んでたかもしれない」
「だからよーなまえ、魔法でもなんでもなくて、お前は道端でグースカ寝てただけなんだよ」
「違う!仗助くんが治してくれたんでしょ?そう、絶対に治してくれた!…その方法がわからないから、魔法なの」

 仗助くんは億泰くんと目配せして、降参とでもいうように腕を上げた。張り合っているつもりはなかったのに。
 仗助くんと億泰くんとの奇妙な出会いは、魔法のような事件で幕を開けた。私が「魔法」と呼んだ二人の特別な能力について知るのは、もう少し後のことである。
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