傷跡

※死ネタ

 どうして、僕は生きているんだろう。目先の書類に集中できず、コーヒーを口元へ運びながらそう考える。チリ、と腹の辺りが痛んだ気がして思わず手で抑えた。どうかしたか花京院、と、10年来の付き合いである友人   空条承太郎が隣から顔を覗かせてくる。大丈夫だ、大したことない。そう返すと、そうか、と呟いて彼は足を組み直した。僕は、短いため息をつく。
 忘れられないことの一つや二つ、誰しもが持っているだろう。僕も例外ではなく、この時期になると必ずあの時のことを思い出すのだ。50日間の、あの旅のことを。承太郎も、きっと思い出しているに違いない。ジョースターさんも、ポルナレフも、きっと…。

 彼女との出会いは、エジプトだった。その頃はもう肉の芽を植えられていて、彼女も同じだった。僕らは同じ日本人、そして同い年ということもありすぐに親しくなった。いつも行動を共にし、二人一緒に承太郎に戦いを挑み、二人一緒に負け、二人一緒に肉の芽を抜かれた。
 彼女のスタンドは戦闘向きではなかったが、僕のスタンドととても相性が良いみたいで旅の合間もよく行動を共にし、ポルナレフから「承太郎となまえとどっちにするんだ」と言われたので、一発お見舞いした記憶を思い起こす。ポルナレフの冗談はたまに冗談に聞こえないから困る。
 僕は、彼女に好印象を抱いていた。デス13との戦いの際には彼女に協力してもらうことができ、優位に立つことができたのだ。そして何よりも、彼女が僕を信じてくれたことがとても嬉しかった。

 その時は、彼女も、そしてアヴドゥルとイギーもあんなことになるなんて、誰が予想しようか。
 館に着いて、僕達は二手に分かれた。僕と、承太郎と、ジョースターさん。アヴドゥル、ポルナレフ、イギー、なまえ。10分経っても戻らなければ館に火を放て、敵によって作り出された真っ暗な穴の中へと共に落ちながら、ジョースターさんはそう叫んだ。

「花京院、そろそろ行くぞ」
「もう時間なのかい」
「もう、だと?やっと、って感じだがな…俺は」

 白いコートを靡かせながら、承太郎はさっさと歩いて行ってしまう。慌ててコーヒーを流し込み、空になったそれをゴミ箱に投げ入れる。少し遠かったので、スタンドを使って軌道修正をした。

 搭乗口へ歩きながら、最後の戦いを思い出す。合流したとき、アヴドゥルとイギーはいなかった。ポルナレフとなまえは身体中が傷だらけで、ボロボロで、ポルナレフの一言でアヴドゥルとイギーが死んでしまったことを悟った。ここまではこれなかった、それだけで十分だった。
 承太郎とジョースターさんの…ジョースター家の因縁の相手、DIOとあいまみえたとき、夕闇が迫りつつあった。僕達は決戦を挑むことにした。そして僕はDIOの正体を暴くため、あることを思いついた。
 DIOの周りに結界を張って攻撃を仕掛ければ、奴の正体がわかる。
 半径20m、どこにも死角は無い。僕はDIOを追いかけ、相手に気付かれないよう結界を張った。いつの間にか隣になまえがいて、心配そうな表情を浮かべていた。

 DIOがあざ笑うような表情を浮かべたのを覚えている。気付いたら貯水タンクに身体が埋まっていて、僕に背中を向けた形でなまえがぐったりと寄りかかっていた。自分の腹に違和感を感じてそこを見ると、貫通こそしていないものの抉れていた。なまえは、と彼女の背中を見る。彼女は、僕を庇ったのだろう。DIOからの攻撃をまともに食らい、致命傷を負っていた。それでも、なまえは最期の力を振り絞って僕の方に身体を向けると、今まで見た中でも一番の笑顔を浮かべた。血だらけで、声を出すのも辛かっただろうに、彼女は全くそのような素振りを見せなかった。

「花京院くん」

 なまえの最期の言葉は、僕の名前で締めくくられた。

 僕も、意識が遠退いていた。出血が酷くて、このままの状態だったら死ぬだろうと覚悟していた。だから、最後の力を振り絞って時計台を撃った。DIOのスタンドの正体は分かったが、伝える手段がそれしかなかったのだ。
 なまえが僕に寄りかかって、けれど身体はまだ温かくて。ああ、視界が暗くなっていく。ジョースターさん、お願いです。僕は願いながら、意識を手放した。

「花京院」

 回想から現実に引き戻される。承太郎が早くしろと言わんばかりに飛行機の座席に僕が座るのを待っていた。

「ごめん、ボーッとしてたよ」

 承太郎は、今度は何も言わなかった。シートベルトを着用するアナウンスが流れ、飛行機は飛び立つ準備を始める。

 あの場所で意識を失い、次に目を覚ましたのはSPW財団の病院の中だった。彼女の姿はどこにもなく、承太郎からなまえは死んだとの報告を受けるまで医師の制止も聞かず病院内を探し回った。スタンドを出すことも忘れて、無我夢中で歩き回った。そのせいで退院が長引いた。

「久しぶりの日本だな」
「…懐かしいね」

 仕事とはいえ、自分の生まれた国に帰るのはやはり安心感が生まれるもの。そして、なまえの眠っている場所でもある。

「ねえ、少し寄りたい所があるんだけど…いいかな」
「…構わねえぜ」

 僕達を乗せた飛行機が飛び立つ。お帰り、と迎えてくれるかつての仲間がいたら、どんなに心が躍ったことだろうか。みょうじなまえという人物について、彼女の両親と僕達以外、どれだけの人が覚えているのだろうか。
 窓の外を見ると、雲が下になっている。雲の上に出たのか。そうすると、ここは天国に…近いのだろうか。

 もう名前を呼んでも返事は返ってこない。お腹の辺りがまたチリ、と痛んだ気がする。その痛みが、傷跡が、僕となまえとを繋ぐ唯一の証拠だ。
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