奏でられた空白
 じっとりとした暑さに目が覚めた。太陽が部屋の中の温度を上げ、枕元に置いた携帯からは昨夜の返事が来たことを告げている。上半身を起こしつつ時間を確認すると、11時過ぎ。だいぶ寝過ごしてしまった。
 まだほとんど開かない目を擦りながら布団から這い出ようとすると、花京院くんの姿が目に飛び込んだ。隣で、こちらを向きながら目を瞑っている。呼びかけると、すぐに目を覚ました。眠っていたわけではないようだ。

「おはよう、名前。ぐっすり眠ってたね」
「おはよう、花京院くん」

 昨日は夢幻のようなことが起こったが、現実である。簡単な朝食(ほぼ昼食の時間だ)を作り、それを食べながら携帯のメールを確認すると、やはり承太郎からの返事であった。3時くらいなら空いてる、という素っ気ない短文が、彼の性格を物語っている気がする。
 適当な場所と時間を指定して返信し、食器を片付ける。花京院くんが手伝ってくれた。その際の、花京院くん、ありがとう、いいや、これくらいどうってことないさ、というちょっとの会話で心が弾む。しかし、私の視線はいつだって彼のお腹に行ってしまう。そしてそれを見ると、当時の記憶を思い出してしまうのだ。同い年だったのに、いつの間にか私のほうが年を重ねてしまった。それは承太郎も同じだが、自身の方が遥かに幼稚に見えてしまう。また気分が沈んでしまいそうになったので、花京院くんと思い出話に花を咲かせてそれを紛らわせた。かつての旅の道中で起こった様々なことを話し、あの頃に戻ったようだった。大体、ポルナレフとジョースターさんのことばかりで、今頃どこかでくしゃみでもしてるんじゃあないか、と花京院くんが話したところで、私はお腹を抱えて笑ってしまうのだった。



「名前、どこかへ出かけるのかい」
「うん。花京院くんにも、着いてきて欲しいんだ。きっと、とても会いたい人だろうから」

 身支度を整えながら、花京院くんにそう伝える。彼は一体誰だろうかと考えながらも、着いてきてくれるようだ。花京院くん本人のことに関してなのだが、言ってしまうとサプライズの意味が無くなってしまう。承太郎にもそのことは伝えていない。仕事のことで少し相談がある、と言っただけだ。
    駅までの道を、花京院くんと肩を並べて歩く。どれほどこの時を夢見ただろうか。待ち合わせの駅までの数十分間は、一緒に電車に揺られながら窓から見える景色を楽しんだ。会話を楽しみたかったが、他に客もいるので怪しまれてしまう。風を切って過ぎ去る店の看板や住宅の屋根を眺めながら、到着を待った。

 承太郎は、時間通りにやってきた。私達が乗った電車の一本後に乗っていたようだったし、それに、彼はとても背が高いので改札越しにもすぐ見つけられた。承太郎と並んで歩くと視線を集めてしまうから、早々にカフェにでも入りたかった。当の本人は全く気にしていないのが恨めしい。が、うるさいことが嫌いのは変わらないようで、きゃあきゃあ騒ぐ女子が通り過ぎる度にキツイ視線を投げていた。すぐに怒鳴らなくなったのは、彼なりに大人になったのだろう。後ろをついてくる花京院くんに視線を送ってみると、彼は驚きと喜びが入り混じったような複雑な表情で、少し離れながらゆっくり着いてきていた。
 承太郎と落ち合ったとき、花京院くんは少し離れた位置にいた。たぶん、気付いてないだろう。きっと大丈夫に違いない。そもそも、彼は"見えているのか"。嫌な想像ばかりしてしまう。

「…で?なんの話だ?」

 落ち着いた印象の喫茶店で、コーヒーを飲みながら承太郎はそう私に語りかける。花京院くんは、離れた位置から私達を見守っていた。私もコーヒーを一口喉へ通すと、単刀直入に話を進める。

「仕事の話…で、呼び出したわけじゃないの」
「……」

 承太郎は怒っているだろうか。たぶん怒っているに違いない。無駄な行動はあまりとりたくない性分の彼だ。今は財団のことや、最近は博士号もとった影響で世界中を飛び回っているし、余計にそうだろう。私は俯いたまま、顔をほんのちょっと動かして花京院くんへ合図を送る。すると、花京院くんは私の隣へ座った。その拍子に、椅子がガタンと音を立てる。コーヒーに波紋ができた。

「承太郎、"見えてる"?」

 耳を塞いでしまいたくなるような欲求を耐え、膝の上で両手を強く握り締めながら返事を待つ。息が詰まるような数秒間が過ぎ去ったあと、承太郎はゆっくりと口を開いた。

「……気配はする」

 心臓が一度大きく跳ね、急速に鼓動を打つ。承太郎は落ち着いた様子でカップを口元に持っていったまま、私の隣の空間をじっと見つめている。ああ、承太郎には見えないんだ。でも、存在自体は感じるんだ。
 花京院くんは、眉尻を下げて穏やかな表情を浮かべていた。かつての親友と再び再開し、そして見えないながらも存在を感じ取ってくれたことが嬉しいのだろう。

「名前。承太郎に、僕がいることを伝えてくれ。何も言わなくていい。ただ、僕がここにいることだけを言ってくれないか」

 私はそっくりそのまま、承太郎に伝えた。承太郎は、花京院くんからの伝言にただ頷いただけだった。そして、ただ一言「そうか」と呟いただけだった。私はそんな二人の関係が、とても羨ましかった。

 そのあとは他愛もない話をした。時折花京院くんとの話も織り交ぜながら、コーヒーをおかわりした。二杯目は、カフェオレにした。
 そして承太郎は、私に助言をした。いつまでも、逃げてばかりいるんじゃあないぜ。私の身の保身を心配してのことだった。余計なお世話、と口に出したかったが、できなかった。いつまでも幼稚な自分を曝け出したくなかったのだ。特に花京院くんには。

「……わかってるよ」

 その一言に、全ての感情を含ませた。わかってる、そろそろ身を固めなきゃあいけないんでしょう。散々言われてきた文句に、叫び出したくなる。そんな私の様子に気づいたのか気づいていないのか、承太郎は伝票を持ってレジに行った。私が財布を取り出すと、いい、と一括。不本意にも奢ってもらう形になってしまった。
 去り際、承太郎は私の肩ごしを再びじっと見つめる。花京院くんだ。またな、笑顔を顔に浮かべて、去っていった。酷く爽やかで、ちょっと腹が立った。

「名前?」

 承太郎の背中を見つめ続ける私に、花京院くんが呼びかける。ねえ花京院くん、海に行こうよ。え、海?そう、海。思いつきで口に出した単語。花京院くんは文句も言わず、わかった、海に行こう、と、優しく語る。背の高い、今は年下の男の子。さあ、早く、と言わんばかりに、花京院くんは私の手を引っ張った。
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