星観者
 次の日。少し寝坊してしまい、チャイムが鳴るギリギリの時間に教室へ入る。私の座席の隣には空条くんが足を組んで座っていて、女の子達は各々の場所へ戻っているようだった。昨日のことがあり、そもそも遅刻してしまった理由はそれなのだが、私はいつも通り「おはよう」となるべく落ち着いて挨拶をする。向こうからも、いつも通り返事が来るはず…だった。

「今日は遅刻ギリギリだな」
「く、空条くんに言われたくないよ」

 そうかい、そりゃあ悪かったな、と空条くんは含み笑いをして足を組み直す。おはよう、の挨拶だけかと思いきや、とんだ返事を返されてしまった。担任が扉を開けて入ってくるまでの間、教室はドラマの話や宿題のことなど各グループ内で交わされる色んな会話でごっちゃになっていたので、今回も幸運なことに私達の会話を聞いている者はいなかった。

 ただ、友人だけはしっかりとその場面を切り取っていた。さすが、というべきかもしれない。その日の昼休み、ほとんど拷問に近い形で様々なことを聞かれたのである。

「え!?じゃあ、今度の日曜に遊びに行くの?ジョジョの家に!?」
「そ、そうなんだけどさ、まだ連絡してないから…今日、学校から帰ったら電話してみるつもり」
「キャー!名前ったら意外とやるわねー!ハグしてあげちゃう!」

 机越しにぎゅうぎゅうと抱きつこうとしてくる友人の口にお菓子を放り込みながら、渦中の人物の座席を見つめる。空条くんの家にお邪魔できるなんて、数週間前の自分に言っても絶対信じてくれないだろう。空条くんの座席が隣になってから、ラッキー続きだ。一生分の運をここで使い果たしてしまっているのではなかろうか。

 そして、あっという間に放課後になる。友人に「ファイト一発!」とよく分からない応援をされつつも帰宅し、自室に鞄を置いてから昨日ホリィさんからもらったメモを握りしめ、居間にある受話器をとる。ピ、ポ、パ、と電子音が耳に響いた後、コール音が鳴った。4回目のコールで、「ガチャ」という音が鼓膜に響く。繋がったようだ。

「もしもし!名字です…あの、先日はどうも…!」

 相手は目の前にいないというのに、思わず腰を折ってしまった。そして、私はてっきりホリィさんが電話に出たと思いこんでいた。だが、返ってきた声は重低音。空条は空条でも、いつも隣の席にいる空条くんの方、だった。またもとんでもない所でラッキーを発動してしまったようだ。

『…よう』
「く、空条くん!ホリィさんは?」
『買い物』
「そうなんだ…」

 どうしよう、空条くんに伝えてもらおうか。だがこの場合、ホリィさんに直接伝えたほうがいいのだろうか…。
 空条くんに伝えてもらうとしても、「うっとおしいぜ」と一喝されてしまう光景が目に浮かぶ。そもそもこの電話自体が空条くんに迷惑なのでは!?という考えが浮かんだ瞬間、サッと血の気が引く。せっかく毎日穏便に会話ができているというのに、ここでマイナスにしたくない。

「あの…またあとでかけ直しま」
『俺が伝えておくか?』
「…え、いいの?」
『この前の時のだろ。あのアマ、今から張り切ってやがる…』

 めんどくせえ、と受話器の向こうからボヤく声が聞こえる。なんでも、私から連絡が来るとみたホリィさんはわざわざ空条くんに「連絡来たら受けといてちょうだいね!」と、交渉もできるように日時も希望を伝えて予め頼んでいたらしい。さすがである。

「あの…じゃあ、日曜日ってだめかな?」
『日曜…ああ、おふくろもその日が良いって言ってたぜ』
「ほんと?じゃあ日曜にお邪魔してもいい…?」
『ああ』

 日曜のお昼12時に、空条家へ。そう手帳に書き込んでから、「本当にありがとう」と電話の向こうの空条くんへ話しかける。

『……』
「あの、…空条くん?」
『…いや。また学校でな』
「うん。またね」

 あの間はなんだったんだろう。だが、いつもと変わらず「またな」と言われたこと、そして空条くんの家へ行けることが決まり有頂天になった私は、そのことは頭の隅に瞬時にして追いやられ、おやつのプリンが置いてある冷蔵庫の扉を勢いよく開けたのだった。




 名字名前が夕方のニュースを見ながらプリンを食べている頃。彼女がつい先程まで電話していた相手   空条承太郎は、受話器を持ったままその場に立ち尽くしていた。その顔は、彼をよく知る者なら驚愕の表情に匹敵するだろう。それほどの微々たる違いだった。ぱっと見、無表情に見える。だが花京院は、見逃さなかった。

「どうしたんだい承太郎、石のようだよ」
「…何でもねえぜ」

 学校の帰りに寄った、空条家。花京院は承太郎から何冊か漫画を借りていたので、ついでにあがらせてもらっていたのだ。
 花京院は承太郎と学年が一つ違うので、学校生活の中であまり会うことはない。それでも、スタンド同士はひかれ合う。花京院には承太郎が、そして承太郎にとっても花京院が一番の親友と呼べる関係になるまで、そう長くはかからなかった。

 承太郎の様子が気になりながらも、彼のあとに続いて廊下を歩く。あの角を曲がれば、承太郎の部屋だ。

「はい、これ」

 借りていた漫画を数冊、承太郎に手渡す。承太郎は無言で受け取ると、そのまま本棚に戻す作業を始めた。それが終わるであろう数十秒かの間、僕は部屋の中を見渡す。
 畳の上にベッドと、本棚、机。意外と簡素だ。ああ、服が何着か床に散らばっている。それを見て、くすっと笑いそうになるのを堪えた。

(…ん?)

 机の上に何か置いてある。これは…紙?近付いて見てみると、メモ用紙くらいの小さめの紙だ。そこには「ありがとう、助かりました」と丁寧な字で書かれた字に、おそらく後ろで背中を向けているであろう人物の似顔絵が可愛くデフォルメされて描かれている。

 僕はそれを見て、雷に打たれたような衝撃が身体中を駆け巡った。いつこんなものをもらっていた!?承太郎は、こういった類のものはまず受け取らないはずである。文面が感謝の言葉であるから、この手紙の人物と承太郎との間で何かしらの出来事があったのは明白。そしてこれは絶対に女子からだ。字体と似顔絵から見て、まず間違いないだろう。
    あえて言うが、決して、決して羨ましくはない。羨望より、むしろ驚きの感情が大きい。そして同時に、「承太郎もお年頃なのだ」とも。もちろん僕もだけれど。

「…花京院」
「じょ、うたろう」

 ああ、これはもしかしたら触れてはいけない話題だったかもしれない。スタープラチナが彼の背後に見え隠れしている。発現、発現しちゃってるよ承太郎。
 攻撃こそされなかったものの、僕の手からメモ用紙をひったくった承太郎はすこぶる機嫌を損ねてしまったようだ。そこに、玄関の方からホリィさんが元気よく帰ってきたらしい声が部屋まで届く。

「承太郎、僕はそろそろ帰るよ」
「そうしてくれ」

 やれやれ、とお決まりの台詞を述べた彼は、そのメモ用紙を制服のポケットにしまうとドカッとベッドの上に寝そべった。タバコの火をつけて口に咥えることも忘れない。
 煙が服に染み込む前に空条家を出ると、空は夜が迫り始めていた。見上げると、一番星。そして承太郎が受話器を手にしていた光景を思い浮かべる。あの電話の相手…それに、承太郎の顔。
 僕の推測は正しいのだろうか。だとしたら、今週の日曜は見物だろう。もちろん、その場に僕はいないけれど。

 花京院は焦る親友の顔を思い浮かべつつ、暗く陰っていく道を足早に歩いていく。
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