星はいつでも差し出されていた
 久しぶりに降り立った母国の地は、真夏の日差しの下であったのでじりじりと焼けるような熱気を放っていた。都心から電車を乗り継ぎ数時間経った頃には、暑いことには変わらないが、幾分かマシな爽やかな風が髪の隙間を飛ぶように吹いていく。
 なるべく軽くしてきたつもりだが、それでも大きなトランクを運ぶのはとても疲れる。おまけに、この湿気と熱気。日本の夏はこんなにも過酷なものだったかと、ハンカチで額を抑えながらタクシー乗り場へと足を向ける。私は長旅で凝り固まった尻を撫でながら、再度トランクを持ち上げた。

「お客さん、どちらまで」
「杜王グランドホテルまでお願いします」

 タイヤをキリキリと回しながら走り出す。小刻みに揺れる中携帯を開くと、メールが一件入っていた。差出人は、承太郎だ。
 あとどれくらいで着く?それだけだ。10分くらいかな、と私も一言で返した。絵文字だとか顔文字だとかは使わない。簡潔な、それでいて的確な内容が伝わっていればそれで良いのだった。
 窓から見える風景を見ながら、これまでのことを思い出す。私は高校を卒業した後、承太郎と共にアメリカへ渡った。アメリカの大学へ通う間は、ジョースターさんが所有しているというマンションの一室を借りていた。後で金額を聞いて、目玉が飛び出た記憶がある。ジョースターさん曰く「持ってたことすら忘れてた」という物件らしいが、さすが不動産王といったところか。承太郎もお決まりの台詞を吐き「もらえるもんはもらっとけ」と我関せずといった風であった。そんな承太郎も、学生には到底住めないような豪華な部屋が与えられ、且つさらにおねだりをしていたのを見て、私は「ああ、昔からこんな感じなんだな」と学んだような記憶がある。

 その後、大学卒業と共に私は承太郎と結婚した。卒業後は、SPW財団で通訳として働くことになる。承太郎は海洋学者として世界各国を飛び回っているが、そのうちの半分はスタンドという能力に関連した依頼らしい。就職したSPW財団には、そういった特殊な部署があるのだとか。後々、本人から直接聞くことになる(噂では聞いていたがまさか本当だとは思わなかったので、承太郎から聞いたときはとても驚いた)。

 しばらくすると、海が見えてくる。杜王町はもうすぐだ。あと数分もすれば、目的地のホテルに着くだろう。
 手元の携帯が、再び小刻みに震える。今度は着信だった。

「もしもし?」
「名前、あとどれくらいだ?」
「えーと……あ、ホテル見えたからもうすぐだよ」
「わかった」
「そんなに急がなくても、もうすぐ会えるよ。それじゃあね」
「……ああ」

 承太郎は無口だが、その代わりに態度で示すことが多い。それは身近な者にしかわからない、微妙な仕草である。
 それにしても、結婚しているのにこうもお互いの仕事ですれ違いが多いというのも考えものだ。承太郎が短い間に連絡を寄こすのは珍しい。
 ……到底昼間には相応しくない事を想像し、頭を左右に振る。ああ、細かいことを考えるのはよそう。そろそろ私も、地に足をつけるべきなのかもしれない。

 タクシーがホテルの前で止まる。会計を済ませ、トランクを受け取ったと思えば、真夏だというのに長袖の白いロングコートを着た承太郎にトランクを奪われていた。服装以外は、学生の時から少しも変わらない姿であった。

「ただいま、承太郎」
「おかえり、名前」

 承太郎はこんなに笑う人だっただろうか。タクシーのエアコンで冷えた肌に、太陽で熱せられた衣服が重ねられる。暑い、暑すぎる。それでもこの感覚はとても久しぶりで、承太郎から微かに香る煙草の匂いが懐かしい。できればもう少しこのままでいたい。いや、でも暑い。

「暑い」
「もう少し」

 炎天下の中、立派な建物を前に抱き合う男女を、ホテルマンの人はどんな思いで見ているのだろう。そんなロマンチックとはかけ離れたことを考えながら、私は承太郎と熱い抱擁を交わす。
 言葉はいらない。お互いの唇が触れあうのにも、さほど時間はかからなかった。
 その時、ホテルの中から背の高い高校生くらいの男の子が出てくる。私達を見るなり何やら叫んで、後で承太郎に怒られるのだが……それはまた別の話である。
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