とく、とく、とく
「でもどうしたの、急に買い食いしようって……いつもなら寄り道なんてしないのに」
「うるせえ」

 いつも通る道から少し外れ、駅前の繁華街を歩いている。この時間帯は夕飯の買い出しに来た主婦や、私達のように寄り道をする学生が多く混んでいた。かじかむ両手を包み込むようにさすり合わせる私を尻目に、承太郎は歩いている。女学生のグループの横を通る度に声が上がるが、意に介せず先を見つめていた。時たま頭を動かし、何かを探している素振りを見せる。私は承太郎の後ろをついていくだけで、彼の意図する所が全くわからないでいた。

「ねえ承太郎、どこに行くの」
「ついてくれば分かる」

 心なしかそわそわと落ち着きがないようだ。歩くスピードがだんだん早くなり、相手の背が高ければ歩幅も違うので、少しずつ承太郎との距離が離れていく。そこまでして行きたい場所があるのだろうか……先程から幾度となく考えるが、めぼしい場所は浮かんでこない。気がつくとかなりの距離が空いていたので、小走りで承太郎の元へと駆ける。

「遅い」
「ご、ごめん。歩くの早いんだね……」

 少々暑くなったのでつけていたマフラーを外し、鞄の中へしまう。目的の場所へ着いたようだ。甘い香りが辺りに漂っている    それは意外、クレープ屋であった。店内ではクレープ以外にもアイスやミックスジュース等を売っていて、テイクアウトもできるようになっているようだ。洒落た椅子とテーブルのセットがいくつか置かれ、女の子達がクレープを食べつつ話に花を咲かせていた。

「承太郎、ここに来たかったの?」

 賑わう店を、眉間に皺を寄せながら見つめている。そんな険しい顔をしなくてもいいのに、承太郎は一向に表情を変えないまま仁王立ちして動かない。

「名前が、前」
「私?」
「……ここに来たいって話してただろ、ダチと」

 意を決したのか、私の手を引いて店の中へと入る。混んでいたが、いつかの祭りのように離れ離れになることはない。身動きがとれない程でもなかったし、承太郎が力強く私の手を握っていたからだ。
 列に並ぶと、愛想の良い店員さんがすかさずメニューを渡してくる。待ち時間に何を食べたいか選ぶことで、少しでも回転率を上げる為だろう。開いてみると、定番のバナナチョコや苺、他にもたくさんの種類があり、トッピングも充実していた。

「……それが一番美味いらしいぜ」

 承太郎が指差したのはメニューにも大きく印刷され、店のイチオシと銘うたれているバナナチョコ生クリームだ。確かに、クレープといえばこの味が定番だろう。

「承太郎も何か食べる?」
「俺はいい」

 即答されてしまった。甘いものは苦手なのだろう。
 それじゃあそもそも、なぜここにやってきたのか。承太郎の言うとおり、友人とこの店に来ようと具体的な日時は決めていなかったものの、そういった話をしていたことを思い出す。店員さんにメニューを返しながら承太郎の表情を窺うと、早く出たいと言わんばかりに先程よりももっと険しい表情でクレープを焼いている店員さんを睨みつけていた。

「ねえ承太郎……ここに、連れてきてくれたの?来たかったんじゃあなくて」
「悪いか」
「全然悪くない!ただ、何も言ってくれなかったから……どうしたのかと思って。私、承太郎の好きなものとか、あまり知らないし」

 好きなものや嫌いなもの等、逐次報告する私とは対照的に、承太郎は自分の事をあまり話さなかった。口数も少ないので、考えてみれば私が知っていることは片手で数えられる位しかない。
 甘いものは苦手なのに、それを押してまでこの店にやってきた    これは、自惚れてもいいのだろうか。
 緩み出す頬にさりげなく手をあてがいつつも、口元はだらしなく弧を描いてしまう。承太郎は降参しましたとでも言うように帽子を目深にすると、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。

「女に嫉妬しちまったって訳だ。それも、お前の親友にな……ただのクレープひとつで。名前が、あまりに嬉しそうに話しているのを見て、な。俺は」

 一旦言葉を切る。深く息を吐き出し、片手で額の汗を拭うような動作を示した。

「はあ……なんてザマだ」

 店員さんが次の方どうぞ、と少々間延びした、だがはっきりと聞こえる高い声で呼ぶ。私は反射的にバナナチョコと苺生クリーム、と答えた。前者は私の分、後者は承太郎の分。承太郎は苦虫を噛み潰したような顔で私を睨んだが、出されたそれを黙って受け取った。なんやかんやで承太郎が奢ってくれる形となった(この間にもどっちが支払うか、割り勘するかで少々揉めた)。

「ごめん。つい頼んじゃった」
「いや、いい」

 店の外に出て、クレープを食べながら目的もなくただただ歩く。承太郎はクレープをひと口かふた口ほど食べたところで、私にそれを突き出してきた。上に飾ってあった苺は全て食べられてしまっていた。

「食いしん坊」
「承太郎が寄越したんでしょ」
「うるせえ」

 繁華街を抜けると、住宅街が見えてくる。その向こうにある公園を通れば、お互いの家はすぐそこだ。クレープを持っていた手は、承太郎に握られている。またお互い無言になってしまったけれど、そんな沈黙だって今は喜びに変えられる。右手に力を込めると、それよりも少し強い力で握り返してくる。それになんとも言えない幸福感を感じて思わず小さく笑うと、頭上からも小さな笑い声が聞こえた。笑い声、といってもほとんど息がもれたようなものであったが、承太郎は紛れもなく口角をあげ、笑っていたのだった。今まで見た中で一番、笑っていた。

 繋がれた手の力が、また強くなる。
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -